309 平和な世界
「これ、違う、危険、追う」
ローブ姿の犬頭はため息でも吐きたそうな疲れた顔でそんなことを言っている。この少女たちと犬頭は何かを追いかけている途中だったのだろうか?
「この子はこれじゃないです! この子をこんな危険なところに放置したらどうなるか分かりません。学校……じゃなかった、学院まで連れて帰りましょう」
ローブの犬頭が大きなため息を吐き出す。随分と苦労している感じだ。
「竜、追う。調べる。違う、もっと、危険、なるます」
犬頭がカタコトの言葉で必死に説得をしようとしている。少女たちはそれを聞いても首を傾げているだけだ。
「うーん。その大きな反応だけど、もう消えているみたいだよ」
大人しそうな少女が円盤のようなものを犬頭に見せている。
「じゃあ、もう大丈夫だよね! この子の親御さんが何処かにいるかもしれないし、一度戻ろうよ!」
じゃあから続く言葉がなんで大丈夫なのか良く分からない。それに俺の親が何処かにいると思っているなら、何故、その都市の方に戻るんだ? 俺の同意を取ろうとしないのも凄く気になる。
「駄目、危険、確認です。これ、放置、問題無い」
犬頭は疲れた顔で俺を指差している。だが、少女たちは首を傾げるばかりだ。
「うーん、私たちの言葉、通じてないのかなぁ。賢者先生なら分かってくれると思うんだけどなぁ」
「そうね。一度、戻って賢者さんに話した方が良いと思うよ」
少女たちは犬頭に言葉が通じてないと思っているようだ。
違う、そうじゃない。そうじゃあない。
多分だが、この少女と犬頭は竜――十中八九アヴィオールのことだろう――が現れたことを受けて偵察に行く途中だったんだろうな。そこで俺を発見したから、都市に戻ろうとしているという感じかな。俺でもため息が出そうな行動だ。
まずは与えられた仕事……いや、任務か? の放棄。さらに身元不明な俺を都市に入れようとしていること。俺を都市に入れたことで何かが起きたらどう責任を取るつもりなんだろうか。例えば俺が敵国のスパイだったりとか、未知の病原菌を持っていたりとか、さ。犬頭がため息を吐き出すのも当然だ。
少女たちは犬頭の対応に納得出来ないようだが、この犬頭は薄情なんかじゃあないだろう。むしろ、恩情な方だろう。忌み子? 嫌われるハーフの俺を殺そうとしないし、探求者の荷物持ちだろうと当たりを付けて放置――つまり見逃そうとしてくれている。
同情するよ。
まぁ、俺はこの状況を利用させて貰うけどな!
「忌み子でも獣人語なら分かるだろ? お前が居るとややこしくなる。見なかったことにするから、早くここから立ち去れ」
犬頭が獣人語で話しかけてくる。随分と事を荒立てたくないようだ。それに、この少女たちに気を使っているのが良く分かる。
この少女、王族か何かなのか? あー、今は皇国だから皇族か? 確かスターライト皇国は少し前まで公国だったんだよな? どっかの国の属国で領地を治める公王がいたんだろうな。それが皇国として名乗りを上げている、と。どうやって、そんな世界に覇を唱えるような、独立するような力を得たんだろうなぁ。すっごく気になるよなぁ。
異世界人が皇族? 無いか。まぁ、それだけ大切にして貰えているということか。
さて、どうしよう。
……仕方ないなぁ。
「私を雇った探求者は巨大な空飛ぶ魔獣に連れ去られました。もう助からないと思います。私一人が逃げてここまで来ました。助けてください」
俺は両手を握り合わせ上目づかいに犬頭と少女……特に少女たちの方へ顔を向けてお願いする。もちろん獣人語だ。BPを消費してしっかりと習得したパーフェクトな獣人語だ。
「獣人語は理解し、しっかりと喋れるようだな。だから探求者たちも忌み子を荷物持ちとして雇ったのだろうが……駄目だ。学院に立ち入らせることは出来ない」
犬頭が首を横に振る。
駄目かぁ。
俺は少女たちの方を見る。
「助けてください」
うるうると我ながら後で羞恥心にもだえそうなポーズでお願いしてみる。
「ねえ、この子、助けてって言ってない?」
「多分、そうだよ」
少女が改めて犬頭を見る。強い目で見ている。その勢いに負けたように犬頭ががっくりと頭を下げる。そのまま犬頭が俺の方を見る。
「お前、大きな空飛ぶ魔獣を見たと言ったな?」
乗ったな。
「はい。探求者たちとここから東の海岸沿いを歩いていた時に、そちらから飛んできました。青い鱗と翼を持った魔獣です」
「東の海岸? 探求者たちはオウルストーン目当てか。そこで竜の襲撃を受けた? 魔海を渡って竜が来るとは……何かの予兆か?」
犬頭がぶつぶつと呟いている。オウルストーン? 良く分からないが、何かよい方向に誤解してくれているようだ。
「分かった。都市の賢者様の前でもう少し詳しく話せるか?」
犬頭の言葉に俺は頷く。
「お前の処遇はその後に決める。一緒に来るんだ」
おっとっと。どうやら都市に入れてくれるらしいなぁ。しかも都市のトップに会わせてくれるようだ。賢者とやらがトップで間違いないだろうな。都市に潜入して下部組織と合流する手はずだったが、思わぬことで都市の内部に深く入り込めそうだ。
「一度、戻るます。賢者様、話すます」
犬頭が少女たちに説明をすると、少女たちは手を合わせて喜んでいた。ホント、のんきなものだ。ここはさ、ちょっと外に出れば魔獣が居て、いつ殺されてもおかしくないような世界なのに、まだ、そのことが理解出来ていないようだ。この少女たちの住んでいた世界はきっと平和で良いところだったんだろうな。
ま、とにかく、だ。
これで都市に入れる。
さあて、何が待っているか楽しみだな。
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