303 甘いもの
俺は部屋の中央で山積みとなった魔石を前に座り込む。
……。
プロキオンとアダーラが死んだという実感がない。あの二人がちょっとやそっとのことで死にそうにないから――死ぬイメージが出来ないからというのが、俺自身が二人の死を実際に見ていないからというのが……その理由だ。
全てウェイとアヴィオールの勘違いで、あいつらはさ、ひょこっと戻って来るんじゃあないだろうか、なーんて、今でも思っている。
付き合いは一年にもならないくらい短いけどさ、それでもこの世界に来てから――それなりの付き合いになる二人だよな。
……。
俺は山積みになった魔石を見る。小粒のものから手のひらサイズのかなり大きめな魔石まで様々な種類が集まっている。
俺がやろうとしていることは本当に馬鹿げだことだ。裏技的な、全てをなかったことにする方法だ。
……。
無かったことにする。
そう『タイム』の魔法だ。
魔石を喰らい、魔力を蓄え、俺は過去に戻る。
……。
成功すれば全て無かったことに出来るだろう。
だが、不安がある。いや、不安しかないというべきだろうか。
まずはここにある魔石だけでタイムの魔法を発動させる魔力に足りるかどうかということだ。
……分からない。
そして、これだけの魔石を喰らって、俺の体は……大丈夫なのかどうか。俺は俺でいられるのだろうか。俺が俺ではない化け物になってしまう可能性は……高い。
数十個? これだけの魔石だ。色々な魔獣の姿をした合成生物になるかもしれないな。
はは、笑えない。
出来れば魔石を一個一個鑑定して、ゆっくりと体に馴染ませて吸収したい。そうやって力としたい。だが、それでは何日かかるか分からない。
タイムの魔法は過去に戻る時間が増えれば増えるだけ多くの魔力を消費することになるだろう。ゆっくりと魔石を吸収しているうちに、それでは追いつけないくらいに、取り返しがつかないくらい、日数が経過してしまう可能性がある。
行動を起こすなら出来るだけ早くすべきだ。
問題はまだまだある。
過去に戻ったとして、今あるこの世界はどうなるか、だ。別のパラレルワールドとして続いていくのか? そこに俺は居るのか? それとも無かったことになるのか?
過去に戻るタイムスリップもので常に話されている問題だ。
世界が枝分かれして、俺が変えた歴史がそれぞれ別々になって続いていく。可能性はあるよな? タイムスリップものの作品だとそうやってパラレルワールドになるものが多いよな?
この世界が続いていくなら、過去に戻ることは意味があるのか?
俺の中だけの自己満足にならないか?
自分が過去に戻れるようになると、色々と考えるよな。
……。
それに、だ。
初めてタイムの魔法を使って過去に戻った時のことだ。俺はレベルこそ下がっていたが覚えたスキルや魔法はそのままだった。つまり、俺を構成している魔素がそのままだったということだ。それに、だ。少し気になることもあった。
機人の女王が追加したゴーレムの神域への帰還能力。これが、何故か機人の女王が能力を追加する前から発動出来たんだよな。
神域やゴーレムは過去に戻らないのか? 過去に戻るという言い方だとおかしいな。俺と一緒になって時を超えている、か? 神域やゴーレムは一緒になって時を超える? 並行世界じゃあないのか? そうなのか?
もし、一部のものが一緒に時を超えているとしたら?
それがプロキオンやアダーラもだったとしたら?
過去に戻ること自体が無意味になってしまう。だが、そうなるとどうなるんだ? 元から居なかったことになるのか?
プロキオンとアダーラが居ない世界。
……。
今だって居なくなってしまった世界だけどさ、だけどあの二人が生きた軌跡は残っている。それすら無くなってしまったら……。
分からないことだらけだ。
問題しか無い。
それでも俺はやると決めた。
俺の部屋――俺の前には山積みの魔石がある。
……。
これを全て俺の糧とする。取り込み、その力で時を超える。
ここには俺しか居ない。
蟲人のウェイも天人族のアヴィオールも、鍛冶士のミルファクも、機人の女王も、後、オマケの羽猫も、四種族の皆さんも、俺が良いと言うまで俺の部屋に近寄らないように言っている。
部屋に引き籠もる、か。
まるで責任を感じて自殺するみたいな前振りだよな。
まぁ、連中は俺が自殺するとか思わないだろ。考えて、ショックを受けて一人になりたがっているくらいじゃあないだろうか。
……。
さて、やるか。
俺が山積みになった魔石に手を伸ばした時だった。
部屋の扉がノックされる。
……。
あれー?
俺は誰も部屋に近づかないように言っておいたはずなんだけどなぁ。
コンコン。
部屋の扉が、もう一度、ノックされる。
……。
俺は伸ばしていた手を戻す。
仕方ない。
俺は扉を開ける。
そこに立っていたのは……。
「食事を持ってきましたよ」
猫人の料理人さんだった。
「あ、えーっと……」
「思い詰めた酷い顔ですよ。そういう時は甘いものが一番ですね。甘くて美味しいですよ。これでも甘味が専門ですからね」
猫人の料理人さんの手には陶器の器に入ったあんみつのようなものがあった。
とても甘そうだ。
……。
「あ、えーっと、ありがとうございます」
「はい。それでは私は戻りますよ。晩ご飯は好物のうどんにしましょうか」
俺は猫人の料理人さんからあんみつのようなものを受け取る。
……俺は別にうどんが好物なワケじゃあないんだけどなぁ。
……。
にしても、これから魔石を喰らおうとしているのに、甘味か。
受け取ったあんみつのようなものに木のスプーンを突っ込む。
パクリ。
甘い。
ホント、どうやって、こんな何も無いところで、こんな甘味が作れるんだよ!
猫人の料理人さん天才過ぎるだろ。
俺はその甘さに涙が出そうになる。
……。
すーはー。
大きく息を吸い、吐く。
一気にあんみつを食べる。
ああ、美味しかった。
はは。
なんだろうな、甘くて美味しいものを食べて、迷いが晴れた気がする。
ヨシっ!
やるか。
今の俺なら、この山積みになった魔石も問題無く喰らい尽くせるはずだ。
俺なら出来る。
俺は魔石の山に手を伸ばす。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます