288 魔素とは
アダーラは少しだけしょんぼりとした様子でうつむいている。肩に乗っかった羽猫もしょんぼりとしている。アダーラの真似をしているのか、それとも俺の言葉を理解して思わせぶりなことをしているのか。ホント、この羽猫は……。
ま、まぁ、気にしたら負けだな。
「まぁ、えーっと、狩りも始まったばかりだから、次は気を付けよう。まだまだ魔獣は沢山居るんだよな?」
『そうです。狩りは始まったばかりですから』
竜の姿のままの天人族さんもアダーラをフォローする。その天人族さんをアダーラがきつい目でキッと睨み付けていた。なんで、コイツはこんな不良娘みたいな性格をしているんだろうなぁ。わがまま放題に育ったのだろうか。というか、なんで俺はアダーラをフォローしようとしているんだろうか。
はぁ。
ため息が出そうだ。いや、出ているか。
まぁ、とにかく狩りを続けよう。
「それでこのまま奥に進むんですか?」
『はい。奥にある巣を襲撃する予定です』
ほうほう。巣があるのか。猪なのに巣で生活するんだな。猪って巣を作るイメージがないんだけどなぁ。まぁ、そこは魔獣だからかな。
「えーっと、それでそこまで竜の姿で向かうんですか?」
『はい。私は皆さんほど強くありません。この姿でなければ返り討ちに遭うでしょう』
なるほどなぁ。当初、一緒に行くはずだった天人族さんはアダーラが気絶させてしまったからな。この人は急遽呼ばれたワケだし、そこまで強くないのかもしれない。
「ふん、雑魚が」
アダーラは得意気にそんなことを言っている。ホント、この娘、全方位に喧嘩を売っているというか、俺以外に対して態度が悪いよなぁ。
「えーっと、アダーラ、もう少し柔らかい態度が取れませんか?」
「姉さま! 弱さを見せれば侮られるだけです。弱者にへりくだる必要はありません」
アダーラはそんなことを言っている。本当にこの娘は……。
「えーっと、アダーラ、違いますよ。本当の強者なら余裕を持てって言ってるんです。誰彼と噛みつくのは強者のすることじゃあないです。こんな言葉がありますよ、弱い犬ほどよく吠える、知っていますか?」
「な!」
アダーラがショックを受けたようにヨロヨロと後退る。が、その途中で足を止め、踏ん張り、耐える。
「姉さま! 分かりました! 私も姉さまのように余裕を持ちます!」
俺のように、か。
って、俺のようにかよ!
はぁ。
俺は余裕がある態度をしているってワケじゃあないし、そんな強者の気持ちも分からないし……。
俺のように?
ま、まぁ、説教した手前、アダーラの見本となるように頑張ってみるか。
はぁ……。
竜の背に乗り、森の中を飛ぶ。なかなか快適だ。そりゃあ、魔力を纏わせて自分で走った方が早いけどさ、でも、行き先も分からないし、くつろいでいれば到着するワケだし、露払いはアダーラがやってくれているみたいだし……って、さっきから竜の背中にどんどん猪が積まれているけど、これ巣に着く前に積載オーバーにならないか。
一、二、三……もう十体近くは狩っているぞ。三メートルから五メートルクラスの猪がそれだけの数とか。ヤバくないか。
「あ、えーっと、これ、後、どれくらい運べそうですか?」
『この程度なら、今の倍は余裕です』
ほ、ほー。
さすがは天人族。竜化した状態だと力持ちだな。いや、そういう魔力の使い方をしているということか。
これ、多分だけど、重さではなく、大きさだろうな。竜の背に乗らないくらいになったら無理だ、ということだろう。重さを感じないというか、限りなくゼロに出来るような魔力が働いているんだろうな。それが空を飛んでいる力にもなっている気がする。
魔獣を狩り続けていることでアダーラはどんどん元気になっている。今はもう血も殆ど流れていないようだ。
それだけ魔素を吸収して血肉に変えたということだろう。
魔素、か。
魔力の素。
なんて説明したら良いのだろうな。
これは例えの話になるが、魔力を水、そうエイチツーオーという化学式だとしたら、魔素はそれを構成している水素や酸素などの原子だろうか。
いや、それも違うな。例えとしてはあっているのかもしれないが、事実とは違うという感じか。
魔素はもっと根源になるものだ。粒子と呼んだ方が良いのだろうか。
うーん。科学者でもない俺ではこれ以上の説明が難しいな。
まぁ、とにかく魔力と魔素の関係はそんな感じだ。
この世界を構成する元素である魔素が見えるようになった俺って凄くないか。いや、自画自賛になるが、本当に凄いことだろ、これ。
元の世界でさ、肉眼で原子モデルが見えるようになったら……あり得ないことだけど、今の俺はそれが出来るようになっているってワケだからな。
神にも近い能力だと思う。
まぁ、それが有効活用出来るかどうかってなると話はまた別なんだけどさ。俺がもう少し頭が良ければなぁ。
まぁ、俺は俺だ。そこで悩んでも仕方ない。
『そろそろ巣があってもおかしくない場所に着きます。用心してください』
もう到着か。
天人族の言葉を聞いたアダーラは、不敵に微笑んでいる。
本当に戦闘狂だなぁ。
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