289 狩る側と

 森の一角に乾燥した草が重なり盛り上がった場所があった。

「あれが巣ですか?」

 ドーム状のそれは、かなりの範囲に広がった大きなものだ。十メートル? いや、数百メートルといった範囲で枯れ草が敷き詰められている。


 数メートルクラスの猪が巣を作っているのだとしたら、その大きさになるのも当然だろう。

『間違いありません。事前に調べていた通りです』

 アレが岩猪の巣で間違いないようだ。


 その時だった。


 枯れ草の山の中からひょっこりと岩猪が顔を覗かせる。岩猪は周囲をうかがうようにキョロキョロと頭を動かし、こちらに気付かない様子で枯れ草の中にズボッと戻る。


「叩き潰す! 姉さま、そこで見ていてください!」

「まーう!」

 赤髪のアダーラが拳を叩き合わせ、一気に駆け出す。竜の飛行速度よりも圧倒的に早い。俺が何か返事をするよりも早い、一瞬の動きだ。


 そして、それは一瞬の出来事だった。


 枯れ草ドーム地帯に踏み込んだアダーラの姿が消えた。


 消えた?


 違う。


 落ちたのだ。


 枯れ草の下がどうなっているのか分からないが、アダーラは勢いよく枯れ草へと突っ込み、そこを踏み、その勢いのまま枯れ草の中へと落ちた。


 落ちていった。


『不味いです。巣の中には無数のボアが待ち構えているはずです』


 罠だったのだろう。


 ヤツらは野生の獣では無い。魔獣だ。


 巣も作れば罠も張る。野生の獣と同じにしてはいけない。


 だが。


 俺は心配していない。


 だって、あのアダーラだぞ。わざわざ手加減するために槍を持ってこなかった、リハビリ程度の感覚で参加したアダーラだぞ。アダーラがどうにかなるような未来は予想出来ない。


 だが、もしかして、ということもあり得る。


「自分たちも行きましょう」

『分かりました』


 まぁ、心配だということもある。だが、だ。そう――だが、だ。俺はここにレベルアップとBP集めのために来ている。それが目的だ。


 このままでは全てをアダーラに取られてしまう。それはたまらない。急ぐべきだ。俺の心配はそこだよな。


 こう、枯れ草を一気に爆発させるとか、燃やしてしまうような魔法でも使えたら格好よかったんだろうけどなぁ。俺が満足に使えるのは草魔法くらいだし、火燐魔法は着火くらいにしか使い道がない。


 極限魔法って言われるような魔法が使えたら、一瞬で消し飛ばすようなことも出来るんだろうな。俺も使ってみたいけどなぁ。まぁ、もし、そんな魔法が使えたら、中のアダーラは大変なことになるかもしれないし……まぁ、うん、地道が一番か。


「この草を吹き飛ばしてください」

『お任せください』

 天人族の変身した竜が翼を羽ばたかせ飛ぶ。その羽ばたかせた翼から魔力がほとばしる。煌めく魔力の奔流が枯れ草を吹き飛ばしていく。


 おー、凄い、凄い。


 枯れ草に隠されていたのは無数の大穴だった。この穴の中に岩猪が隠れているのだろう。


 追いかけて突っ込んでぶっ潰す。それだけだ。


「穴の近くにお願いします。飛び込み、乗り込んで狩ってきます」

『分かりました』


 竜が大穴の一つへと近づく。


 さあ、飛び降りるぞと思った時だった。


 土がもこもこと盛り上がり、そこから何かが飛び上がってきた。


 それは岩猪だった。


 へ?


 え?


 岩猪の攻撃か?


 俺は宙を舞っている岩猪を見る。白目を剥き、体に大穴を開けた岩猪。とても生きているようには見えない。


 宙を舞っていた岩猪が大きな音を立て地面に叩きつけられる。


 へ?


 次々と地面が盛り上がり、そこから岩猪が飛び出す。高く空へ舞っている岩猪たち。そのどれもが死んでいる。


 おい。


 まさか。


 いや、間違いない。


 アダーラが暴れている。蹴り上げたのか、殴りあげたのか、地面に穴を開けて突き破って吹き飛ばすほどの勢いで攻撃している。


 無茶苦茶だ。


 このままだと俺の狩る獲物がなくなってしまう。


 冗談抜きに狩り尽くすつもりか。


「えーっと、これは……」

『あー、はい、えー』

 天人族も竜の姿のまま、驚き、大きく目を見開いている。


 唖然、だな。


『さ、さすがは長と肩を並べる方です……』

 ドン引きしているようだな。

「あー、これ、自分の獲物が残らないかもしれませんね」

 俺は飛び降りようとした体勢のまま固まってしまっている。その間に全てが終わりそうだ。

『は、ははは。ここはあくまで目星を付けていた場所ですから、探せば他にも巣はあると思います。ボア以外にも狩り甲斐のある魔獣は棲息しているはずですから……』

 天人族さんも言葉に困っているようだな。


 いやはや、これは……。


 大穴の一つからひょっこりとアダーラが現れる。


「姉さま! この穴の中の魔獣は狩り尽くしました」

 そして良い顔で微笑んでいる。殴りたい微笑みってヤツだね!

「まーう!」

 アダーラの肩に乗っかった羽猫も得意気に前足をあげている。


 なんだかなぁ。


「あ、はい。よく頑張りました。次の狩り場では、自分も動きたいので、自分に任せてください」

「分かりました! 姉さまの狩り、楽しみです!」

 あくまで狩り、か。


 アダーラにとっては、この程度、戦いですらないんだろうなぁ。

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