264 発展途上

 アダーラとの実戦形式の訓練を続ける。


 何度も何度も未来を予測しているのに、鼻血が止まらないほど脳に負荷をかけて戦っているのに、それでもアダーラに打ちのめされてしまう。


 いや、ホント、俺、良くアダーラに勝てたな。いや、うん、それだけあの戦いからアダーラも、努力をして強くなったということなのだろう。


 それでも俺より強くなっているのは――少し腹が立つ。俺だって努力をしていたはずだ。強くなるために頑張っていたはずだ。なのに負けているなんて!


 槍の訓練でしかないと分かっていても、槍で負けるのは認めたくない。そりゃあさ、まともに考えれば、ずーっと戦う訓練をしてきたアダーラの方が強いのが当たり前だろうさ。俺なんて、この世界に来てから、この体になってから槍を扱い始めたんだ。最初の戦いの時に勝てたのだって、俺がたまたまヴィジョンの魔法を覚えていたからだ。言うなれば運が良かっただけ。相性が良かっただけ。


 槍にかけた時間を考えれば負けて当然だったのかもしれない。


 アダーラの胸を借りつもりで正しかったのかもしれない。


 ただ、運良く勝ててしまったから、相性が良いと思ってしまったから、だから思い上がってしまった。


 うん、考えれば至極まっとうな理由だ。分かる、分かるさ。


 いや、でもさ、それでも負けるのは悔しいよなぁ。


 姉さまって慕ってくれた相手だぜ?


 勝ちたいだろうが!


 鼻血を垂れ流しながらも、アダーラの槍に食いついていく。だが、どれだけ未来を予測しようとも、それを上回る速度に翻弄され、打ち負ける。


 ただ速い。


 それがこんなにも恐ろしいとは……。


 って、いや、待てよ。俺が脳みそが焼き切れそうなほど頑張っているのに、アダーラはノーリスクで、何も犠牲にせず光のような速さを得ているのか?


 そんなことがあり得るのか?


 この世界は魔素で出来ているんだよな? 動くことも、魔法も、スキルも、魔素だ。


 そしてその魔素の塊が魔力。


 魔力を使って魔素に働きかけ反応を起こすのが魔法。奇跡のような力だけど――魔力が、魔素がなければ発現出来ない力だ。


 もし俺が元の世界に戻ったとしても、そこで魔法やスキルが使えるかというと難しいだろう。体内に残った魔力を使えば、少しくらいは使えるかもしれない。だが、それを使い切ってしまえば、使えなくなるだろう。


 今の俺の小さな子どものような外見でありながら恐ろしい怪力を持っているのも魔力があるからだ。

 元の世界に戻れば、その怪力もいずれ無くなってしまうだろう。


 アダーラの速さは?


 俺の魔法、ヴィジョンはどうやって発動している?


 魔力、魔素。


 魔素――その先にあるものを俺が手に入れることが出来れば、勝てるんじゃあないだろうか。


 あの宇宙。


 その先に有る物。


「そこまでです、ね」

 と、そこで魔人族のプロキオンに止められる。


 え、は?


「プロキオン、自分はまだやれる」

 俺は蕾の茨槍を握る手に力を入れる。その手をプロキオンが握り、首を横に振る。

「帝よ、これ以上は赤髪が持ちません」

 俺はプロキオンの言葉に冷静さを取り戻し、改めてアダーラを見る。


 赤髪のアダーラは唇を噛みしめ、血と泡を吹き出しながら、とても人前に出せないような姿と顔でフーフーと荒い鼻息を吹き出していた。


 目は虚ろで何処を見ているか分からない。


 まるで力に飲まれてしまっているかのような状態だ。


 もしかして、俺が魔素に飲まれようとしていた時と同じ状態なのか。


「帝よ、この赤髪もまだまだ発展途上なのです、よ。これ以上は訓練の枠を越えます、ね」

 魔人族のプロキオンは大きなため息を吐き出している。

「あ、えーっと、そのようですね」

 化け物みたいな、馬鹿みたいな速度だった。それがなんの代償もなく発動出来るはずがない。

 アダーラも一杯一杯だったのだろう。


 まったく、コイツも負けん気が強いな。


 俺も負けてられないぜ。


「分かりました。では、えーっと、これで鍛錬は終わりにしましょう」

 俺の言葉にプロキオンが首を傾げる。

「帝よ、何を言われるのです。槍の鍛錬が終わっただけです。これから弓の鍛錬を行うのでしょう?」

 へ?


 もしかして、アダーラとの槍の鍛錬の時間が終わったって言いたかっただけなのか?


 はぁ、マジかよ。


「あー、はい」

 仕方ない。


 当初の予定通り、ゴーレムを使って弓の鍛錬を行うか。

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