263 最強の力

 昼食を終え、赤髪のアダーラとの実戦形式の訓練だ。


 アダーラが槍を構える。俺も蕾の茨槍を槍形態に変えて構える。


 さてさて、と。


 アダーラと戦うのはこれで何回目だ? 修練は行っているけど、本格的に戦うとなると……うん、これが二度目だな。一度目は出会った時だ。そのアダーラとの戦いのおかげで草紋の槍が蕾の茨槍に覚醒したんだよなぁ。随分と懐かしい話だ。ついこないだのことなのに随分と昔みたいに思えてしまうぜ。まぁ、それだけ濃い体験が続いているってことだろうな。


 前回は俺が勝利した。


 となれば、今回も俺が勝利しないとな。いや、だってさ、負けるとアダーラに何を言われるか分からないじゃあないか。今は姉さまって慕ってくれてるけどさ、俺が負けた途端、冷たい目でこちらを見るようになったら……俺、耐えられないぜ。


「えーっと、では、アダーラ、勝負です。先手を譲ります。かかってきなさい」

 俺が勝者だからな。胸を貸す立場だ。先手は譲るぜ。

「姉さま、分かりました!」

 アダーラが槍を水平に構え、腰を深く落とす。アダーラの瞳が細められていく。


 来る。


――[ヴィジョン]――


 魔法を発動させる。その瞬間、世界は止まり、コマ送りのような映像が流れ出す。赤髪のアダーラの残像が槍を構えたまま、こちらへとスライドするように迫り突きを放つ動きが、未来が見える。


 見切った。


 そして現実が動き出す。


 俺は先ほど見ていたアダーラの残像をなぞるように蕾の茨槍を動かす。


 槍を弾き飛ばす!


「がッ!」

 だが、吹き飛んでいたのは俺の体だった。


 あ、が、は。


「姉さま、私を舐めすぎです」

 最初の時と同じように俺の方が吹き飛ばされていた。こちらの踏ん張りが利かなかったワケじゃあない。アダーラが俺の攻撃を読んでいたワケでも無い。


 アダーラは俺がヴィジョンの魔法で見ていた通りに動き、その通りに俺はアダーラの槍を打ち払ったはずだ。


 なのに、次の瞬間には俺が吹き飛ばされていた。


「アダーラ、もう一度だ」

 俺は立ち上がり、蕾の茨槍を構える。

「姉さま、分かりました!」

 アダーラが距離を取り、先ほど同じように槍を構える。


――[ヴィジョン]――


 未来を見る。アダーラの動きを予測する。


 見えた!


 そして現実が動き出す。


 アダーラの残像をなぞるように蕾の茨槍で槍を打ち払う。


――[ヴィジョン]――


 もう一度だ。動きを読む。槍を打ち払われたアダーラが、そのまま恐ろしい速度で槍を引き、もう一度俺へと突きを放っている。動きが見える。動きが予測出来る。


 見えた動きをなぞるように再度、アダーラの槍を打ち払う。


――[ヴィジョン]――


 再度、魔法を発動させて動きを予測する。


 未来が、動きが、見える。


 そして気付く。


 アダーラは何も難しいことをやっているワケじゃあない。ヴィジョンの予測が間違っていたワケでもない。


 アダーラはもっと単純で恐ろしいことをやっている。


 アダーラは、ただ、素早く動いているだけだ。予測されようが、打ち払われようが、関係ない。


 ただ、速いだけだ。


 こちらの攻撃もその速さで回避し、槍で防ぐ。アダーラの速度にヴィジョンの予測が追いつかなくなっていく。俺の動きには、速さには限界がある。どれだけ予測出来ても追いつけなくなっていく。


 なんなんだ、なんなんだよ!


 俺はヴィジョンの魔法を何度も発動させる。脳みそが焼き切れそうなほどの回数を繰り返す。鼻血が垂れようともお構いなしだ。


 だが……。


 まさか、こんな力業で!


 ヴィジョンで未来を見ても追いつけなくなった俺の喉元にアダーラの槍が突きつけられる。


「姉さまに負けて学習しました。あの時、獣化に頼り結局負けてしまいました」

「あ、えーっと、はい。あの時はアダーラの動きが単調になって力任せになっていたので……」

「だから、速くなろうと思いました」


 へ?


 えーっと、へ?


 この娘は何を言っているのだろうか。


「攻撃を読まれようと構わないほど速く動くことが出来れば問題無いと!」

 いやいや、本当に何を言っているの。


 マジか。


 俺はアダーラのことを脳筋だと、脳みそまで筋肉で出来ると思っていたけど、まだまだ認識が甘かったようだ。極まりすぎている。


 ある意味、俺に言っていたこと、一撃で勝負を決めれば技なんて関係無いってことと同じようなことをやっている。


 俺に言うだけでは無く実現しようとしている。


 恐ろしすぎる。


 魔人族のプロキオンが負けたのも頷ける。そりゃあ、プロキオンが言うように弓と槍の勝負だったから、というのもあるだろう。俺だって、色々、やるなら、まだ勝負は分からない。


 だが、槍と槍の鍛錬なら……ちょっと勝てる気がしない。


 何かを極めようとする人は恐ろしいな。


「姉さまはさすがです。私もまだまだです。何者も追いつけない速度を目指したのに姉さまには防がれ続けてしまいました」

 いやいや、俺はこっそりとヴィジョンという裏技を使っていたからね。それで、なんとか防げていただけだからね。


「えーっと、いや、まぁ、うん……」

「もっと修練を続けます! 姉さまも一撃必殺を極めてください!」

 あ、はい。


 うーん、これはアレだな。


 正直さ、こういうのを見せられてしまうと思ってしまうなぁ。四種族の――プロキオン、ウェイ、アヴィオール、アダーラの四人の中で最強になるのはアダーラかもしれない。


 戦い方に関する考え方が異次元過ぎるよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る