224 鉄の加工
「えーっと、機人さん、それなりに会話出来るようになったようなので、あなたのことを教えてください」
「む。わらわのことじゃな。わらわ? む」
体の重さを我慢して話しかけると機人の少女は俺の体を掴んだまま首を傾げた。
「えーっと、どうしました?」
「わらわは誰じゃ?」
へ?
……。
待て待て、ちょっと待て。
「えーっと、機人ですよね?」
「うむ。わらわは機人じゃ。それも唯一にして無二の高貴なる機人の女王なのじゃ」
お。ちゃんと答えてくれた。少し不安だったが、これなら大丈夫か?
「えーっと、それではどうして、あの場所で倒れていたのでしょうか?」
「む? あの場所とは何処のことなのじゃ」
機人の少女、いや女王か、が、先ほどとは逆方向にこてんと首を傾げる。
「えーっと、神域の地下にあった魔力で作られた木々や太陽、小川に、そこにあった丸太小屋、その地下のことです。巨大な燃える球体の下で寝転がっていたようですが、何か覚えていますか?」
今も魔力を吸われ続け、疲労感と虚脱感で喋るのが面倒になってくるが、それを我慢して一気に喋る。
「む。それよりも何故、わらわは裸なのじゃ。早く着るものを用意するのじゃ」
機人の女王が今気付いたと言わんばかりに空いている方の手で体を隠す。いや、本当に今更だな。
「えーっと、何か着るものを用意出来ますか?」
俺は周囲を見回し、皆に聞いてみる。
「帝よ、皮の服であれば里の者に用意させることが出来ます」
俺の傍らに控えていた魔人族のプロキオンがすぐに反応する。
皮の服、か。魔人族らしいというか、原始人みたいな生活をしているからなぁ。でも、それで良いのだろうか。まぁ、最悪はそれということで。
俺は鍛冶士のミルファクの方を見る。
「私が作れるのは金属の鎧さね」
鍛冶士が用意出来るのは、おしゃれとか着飾るじゃあなくて防具だよな。分かっていた。
他は……?
蟲人のウェイはローブを着ているが、今すぐに服を用意することは出来ないだろうし、それは天人族のアヴィオールも同じだろうな。うん、獣人族の皆さんも同じか。獣人族の皆さんの着ている物はまともだけど、本国から離れた状態で服を用意することは出来ないだろうし、うーむ。
「む。それなら鉄を用意して欲しいのじゃ」
誰も服を用意出来ないと理解したのか、機人の女王が鉄を用意しろと言い出す。
「ほう、そうさね。鉄なら用意出来るさね」
調理中の鍋を熱心に見ていたミルファクが、その言葉で関心を持ったのか、こちらへと向き直る。そして俺を見る。
俺は無言で頷く。
「分かったさね」
ミルファクが名残惜しそうに鍋を見て、そのまま工房に戻る。
にしても、服、か。服を欲しがるということは、機人は服を着る種族だということだ。全裸で動き回っていたワケじゃあなかったのか。となると、この女王の着ていた服はどうなったんだろうな。
着ていた服が無くなるほどの長い年月を、あの場所で眠っていたのだろうか。いや、まさかな。そう考えるよりは、この機人の女王が全裸で寝るのが趣味だったと考えた方があり得そうだ。
しばらくするとミルファクが四角い鉄の塊を持って戻ってきた。鉄の延べ棒ってヤツだな。数十キロくらいはありそうな量だ。
「これくらいでどうさね」
機人の女王が頷く。これで良いようだ。
にしても、この鉄をどうするんだ? 服が欲しいって言っていたのに、その変わりが鉄の塊?
もしかして、鉄を引き延ばして局部だけを隠すとかそういう感じに使うのか? それなら鎧を着た方がまだマシなような気がするんだけどなぁ。
機人の女王が俺を掴んでいた手を放し、鉄の塊を掴む。両手で端を掴み、そして、それを一気に引き伸ばした。鉄の塊を、まるでうどんか何かのように引き伸ばし、細長い紐へと変えていく。
なんという馬鹿力だ。というか、鉄って、こんなにも柔軟性があったか? 力で引き伸ばせるような金属じゃあないだろ。魔法か、魔法の力か? うーん、機人の女王の動力が魔力だからか、魔力の流れを見ても良く分からない。常に魔力が循環していることしか分からないぞ。
ま、まぁ、でも普通は出来ない事だから、魔力を使った魔法的な力だと思っておこう。
そして、鉄の糸が完成する。
機人の女王は、その鉄から作った糸を、持った両手が見えないほどの速度で動かし、その場で器用に組み合わせ、布を作っていく。
鉄の布がドレスへと変わる。
一瞬の早業だ。
いやいや、どうやって鉄を糸にしたかも分からないが、どうやって服にしたんだよ。鉄の糸だぞ! 服に出来るような素材じゃあないだろ!
無茶苦茶だ。
鉄のドレス。
う、うーん、数十キロほどの塊から作れるとは思えないし、色々と無茶苦茶だ。
ホント、魔法としか思えないな。
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