193 草魔法
「えーっと、少し鍛錬したいのでさっきの闘技場に戻っても大丈夫ですか?」
とりあえず聞いてみる。
「なんと! 姉さま、私もお手伝いします」
お腹を空かせて飢えた狼のような顔をしていた赤髪のアダーラがこちらに噛みつきそうなほどの勢いで迫る。その顔は嬉しそうにとろけている。空腹で蟲人のウェイや天人族のアヴィオールを睨んでいた表情が嘘のようだな。ま、まぁ、基本的に戦うのが好きなのかもしれない。
「いや、えーっと、遠慮しておきます」
まぁ、うん、実験だからさ。これは俺一人で大丈夫だ。
「そんな! 姉さま!」
空腹を紛らわせるために戦いたかったのかな。でもなぁ、それだとますますお腹が空くんじゃあないかと思うんだけどさ。
……。
「貴様、反乱軍だな!」
アダーラを指差してそんなことを言ってみる。
「姉さま、突然、どうしたのです?」
……。
「あ、えーっと、言ってみたかったら言ってみただけです」
言ってみただけだ! と、まぁ、冗談はそれくらいにして闘技場の舞台に行こう。
「ひひひ、我らはここでくつろぐかね」
「ああ。それが良いだろう」
「まーう」
二人プラス一匹はいつものようにマイペースだ。まぁ、俺も確認が終わったらすぐにくつろぐつもりだけどさ。
手を振り、控え室を出て闘技場を目指す。あー、控え室を改造して食堂にしているから、あそこは食堂だな。にしても、改造して使っているということは、ここの獣人族がこの闘技場を作ったワケじゃあないのかもしれないな。もしかすると、ここは『遺跡』とやらなのかもしれない。まぁ、俺は『遺跡』という存在がどういうものなのか良く分かっていないんだけどさ。はじまりの町に辿り着いた時は、まぁ、あの時は生まれ変わってすぐだったんだけどさ、『遺跡』を巡る冒険の旅に出るかと思っていたからなぁ。まさか、こんな風になるとは思わなかったよ。
言いたくないけどさ、これ、俺、完全に悪の親玉ポジションに収まろうとしているよな?
ま、まぁ、それは前から気付いていたけどさ。今更だ。
さて、と。
闘技場の舞台に戻る。ここは冷え冷えの空気で、しかも足元は凍っていてとても硬そうだ。こんな場所で戦うとか考えたくないよなぁ。もしかすると昔は雪国ではなかったのかな。
そんな闘技場の舞台に立っているのは俺だけではなく訓練をしている獣人族の姿が見えた。戦うのが好きそうな種族だからかな? 先ほどの俺と赤髪のアダーラの戦いがあったばかりだというのに、ホント、物好きだな。
俺は右手に巻き付いている蕾の茨槍を槍状態に戻す。蕾状の草槍だ。ホント、俺、草マスターへの道を歩んでいるよなぁ。なんで金属製の槍が進化して草になるんだか。ホント、不思議な世界だよ。
と、試したいことをやってみよう。
この蕾の茨槍も草属性を持った草だ。鑑定しているから間違いない。
さて、と。
――[サモンヴァイン]――
蕾の茨槍に魔法を発動させてみる。
……。
あれ?
おかしいな。魔法は発動しているみたいなのに何も起こらない。蕾に草が生えるのかと思ったが、それすら起こらない。蕾の茨槍は草属性だから無効化されたのかな? うーん、でも、魔力の流れ的には少し違う感じだったけど良く分からないな。
よし、他の草魔法も試してみよう。
「なぁ、おい、言葉は分かるよな」
と、そんな感じで実験をしようとしたところで獣人族の一人に声をかけられた。何だろう、うーん、ちょっと、こちらを馬鹿にしているような感じがする獣人族の男だ。
う、うーん?
俺と赤髪のアダーラの戦いを見ていなかったのだろうか。それとも、見た上で俺になら勝てると思われて喧嘩を売られているのかなぁ。まぁ、俺ってば見た目は小っちゃい女の子だからな。ある程度舐められるのも仕方ない……のか?
「ちょっと俺と一緒に訓練しようぜ」
獣人族の男はニヤニヤと笑っている。感じが悪いなぁ。赤髪のアダーラの配下だと思うんだけどさ、随分と質が悪いな。
「えーっと、一人で大丈夫です」
俺がやりたいのは実験だからな。
「団長に気に入られたからっていい気になるなよ! 半端者がよぉ!」
何だろうな。
この絡んできている獣人は頭が悪いのだろうか。そういえば魔人族の里でも絡まれたなぁ。そこのトップが俺の仲間になっているのに、配下が喧嘩を売ってくるってさ、問題があるよな。まぁ、魔人族のプロキオンも、赤髪のアダーラも、蟲人のウェイも、天人族のアヴィオールも自由な感じだからなぁ。そうだよな、配下のことなんか何も考えていない、自分の好きなようにやる性格だからな。蟲人のウェイは少しまともな感じだけど、それでも一人で魔人族の里を襲撃しているのを見る限り、まぁ、似たような感じだというのが想像出来る。
「おい、聞いてるのかよ!」
獣人族の男が手に持った槍を振るう。
あ……。
その男の一撃によって蕾の茨槍の蕾部分があっさりと切断された。スパッと落ちた。スパッと! え?
え?
嘘だろう。
そんなあっさりと……。
金属ではなく草だから、当然の結果だ。当然か?
油断して魔力を纏わせていなかった俺にも問題はあるが、それでも、こんなにもあっさりと……。
おいおい進化した武器が、こんなにもあっさりと終わるのかよ!
マジかよ!
「は! そんな草が武器の代わりになるかよ」
ごもっともで。
だが、ちょっとイラッとくるな。
ホント、ちょっと団員の質が悪すぎないか。この獣人族の男だけではなく、他の連中も遠目にこちらを見ているだけだ。止めようとすらしない。
なんだかなぁ。
にしても、この槍がなくなると、俺、武器がなくなるんだけどなぁ。
……。
って、ん?
草?
まさか。
いや、多分、そうか。
――[サモンヴァイン]――
蕾の茨槍に草を生やす。切断された蕾部分が膨らみ元の形に戻る。
なるほど。草だからな。
なるほど、なるほど。
絡まれた時はどうかと思ったが、これはこれで結果オーライだな。こうやって再生させることが出来ると分かったのは大きいな。だが、それはそれとして、だ。
左足の小指に魔力を流す。今回はこれくらいで充分だろう。いや、勿体ないくらいだな。その魔力を流した左足の小指で地面を蹴る。
その勢いのまま、ムカつく顔をしている獣人の男の腹にこぶしを叩きつける。
「え、がっ、はっ」
獣人の男の体がくの字に曲がる。獣人の男が腹を押さえて崩れ落ちる。
「ちょっと舐めすぎだろ」
さすがに殺すのはやり過ぎな気がするからな、この程度にしてやるよ。まぁ、後は赤髪のアダーラの判断に任せるか。
たく、実験をしたいのに邪魔をするなよな。
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