191 アイス

 異世界。


 こことは異なる世界。


 自分の目の前にある異世界の証拠――カレーライス。


「しかし、驚きですね」

 ペルシャ顔の猫人がこちらを見ている。

「えーっと、そうかな?」

 このペルシャ顔の猫人は異世界人であることを隠しているようだからな。俺が気付いたことが意外だったのだろう。だが、カレーライスは駄目だぜ! 赤髪のアダーラや蟲人のウェイ、天人族のアヴィオールの反応を見ればこの世界にはない食べ物だって分かるからな。


「どうみても、この世界の住人としか思えないのに、異なる世界があることを知っているとは……もしかして王様に会いましたか?」

 ん?

「えーっと、王様って誰のことですか?」

 ペルシャ顔の猫人が首をこてん、こてんと傾げる。

「出来るだけ美味しい料理が食べたいという理由だけで、私を無理矢理こちらの世界に連れてきた方ですよ。そのくせ、私を放置して好き勝手に行動しているどうしようもない方です。王様から私たちの世界のことを聞いたのかと思いましたが、違いましたか」

 あれ?


 王様に連れてこられた?


「あの、えーっと、こことは異なる世界から王様に連れられて?」

「はい。そうですが?」

 ちょっと待て、ちょっと待て。それって、その王様とやらが異世界を渡る能力を持っているってことか?


 いや、連れてこられたってコトは、だ。


 この料理人さんは、俺が考えていたようにこの世界で猫人の姿に転生したワケじゃあない?


 いや、そんな、まさか……。


「あの、えーっと、王様ってどんな容姿をしていますか?」

 ペルシャ顔の猫人が腕を組み、少し考え込む。うん? 容姿を聞いて考え込むって、その王様ってさ、そんな特徴が無いような人なのか? 同じような猫人じゃあない? ならば、まだ可能性はあるか?

「えーっと、その、話しにくいことなんでしょうか?」

「あ、いや、そうですね。今は、普通の人族の少女の姿をしていると思いますよ」

 ん?


 今は?


 それに普通の人族って、いやいや、それって……いや、まだだ。こちらの世界の人に分かるようにあえてそう言っているのかもしれないじゃあないか。


「えーっと、一つ聞いても良いですか?」

「ええ、何でしょう?」

「料理人さんは元からその姿ですか?」

 ペルシャ顔の猫人が首を傾げる。


「元からという意味は分かりませんが、自分は生粋の猫人族ですよ。この世界の獣人とは似ていないので違和感があるかもしれませんね」

 ペルシャ顔の猫人はそう言うと何処か誇らしげな顔で胸を張っていた。


 猫人族って何だよ……。


 あー、そうか。


 このペルシャ顔の料理人は、ここの獣人族しか見ていないのか。だから、自分のような猫の姿の人は居ないだろうと思っているのか。はじまりの町なら似たような猫人の獣人が住んでいたからな。あちらに居たなら、そういう勘違いもしなかっただろうに……。


「あ、はい」

「話は終わりですか? それではデザートの用意に入りますから、これで」

 ペルシャ顔の猫人が顔をキリリとさせて厨房の方へと歩いて行く。


 そうか、そっかー。


 異世界は異世界でも俺の元いた世界とは別の異世界か。


 だよなー。


 そういう可能性だってあるはずだよな。なんで、思いつかなかったんだろうなぁ。


 そうか、そうだよな。


 異世界があったんだから、他にもあるのは当然だよなぁ。


 ガーンだな。ホント、ガーンだな。


 カレーだから、同じ世界だと思ったよ。思ってしまったよ!


 いや、でもさ、うん。もし、同じ世界だったとして、だから、どうなんだって話だよなぁ。その王様とやらは異なる世界を渡る能力があるみたいだけどさ、だからと言って、その王様に頼んで元の世界に帰りたいかって言われたら……微妙なんだよな。元の世界の美味しい料理は食べたいし、続きが気になる漫画や発売を待ちわびていたゲームが気にならないかと言えば、そりゃあ気になるさ。でも、それだけだ。


 もう、この問題は俺の中で終わった話だからなぁ。もう、折り合いは付けているぜ。


 同じ世界の人に会えたら、少し嬉しかったかな……うん、その程度だ。


 ……って、ん?


 周りが静かだな。


 控え室を……じゃない、食堂を見回す。


 そこには空っぽの皿を前にぼうっとした顔でそれを見つめている蟲人のウェイと天人族のアヴィオールの姿があった。


 あ、結局、全部食べたのか。あんなに嫌そうにしていたのにさ、結局、食べちゃったのか。にしても、あの顔……多分、美味しかったんだろうな。


 この世界でもカレーは受け入れられたようだ。って、俺の居た世界とは別の世界のカレーだから、似ていて非なる存在の可能性もあるんだけどさ。でも、俺が食べた限りでは同じだったからな。


「えーっと、二人ともカレーはどうだったでしょう?」

「ひ、ひひ、はっ!? ひひひ、これはなかなかに刺激的な味だね。我は気に入ったよ」

 蟲人でもカレーは大丈夫、と。


「ああ。これは凄いな。帝の料理がお遊びに思えたぞ。それで、何故、帝が得意気なのだ?」

 天人族のアヴィオールはそんなことを言っている。おい、コラ。誰の料理がお遊びだ。俺だって少ない素材の中で頑張ったんだぞ。しかも、俺はさ、あのペルシャさんみたいに料理人じゃあないんだ。一般人なんだよ。プロと比べるなっての。


「まーう」

 羽猫も満足な様子だ。って、お前も食べたのかよ!


「姉さま、どうです! 異なる世界から来たとか訳の分からないことを言う料理人ですが、作るものは確かです! 何処の国のものなのでしょうね」

 あ、それ隠してなかったんだ。


 そして、次に出てきたのは……アイスだった。アイスクリームだよな、これ。白い器に冷え冷えの白いまん丸が乗っかっている。


「姉さま、寒い中ですが、これが美味しいんです!」

 あ、はい。知ってます。


 というか、完全にアイスだよな。マジかよ。


「今日の料理は以上ですよ。どうしても材料が少ないですからね」

 料理人のペルシャ顔がそんなことを言いながら厨房から現れる。

「なんだと! 私の分はないのか!」

 赤髪のアダーラが驚き叫んでいる。

「この方々に料理を出せと言ったのは団長じゃないですか」

 それを聞いたペルシャ顔の猫人が肩を竦めていた。


 木のスプーンで掬ってアイスを食べる。ミルク風味のアイスだ。って、もろにアイスじゃん! どうやって作ったんだよ!

「えーっと、これ、これは……」

「ここの獣人族の方々が飼っている獣のミルクに芋からとった糖分を混ぜて作ってますよ。作り方はお教え出来ませんがね」

 ペルシャ顔の猫人は得意気だ。そりゃあ、得意にもなるだろう。どうやって作ったんだよ、ホント。世界は違っても同じ異世界人だというのに……くそ、これがプロと素人の違いだというのか。


 久しぶりにアイスとカレーが食べられて俺は満足だよ!

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