190 異世界
カレーライスにしか見えないものの横に木で作られたスプーンが置かれる。
スプーンで食べろ、だと!? ますますカレーライスじゃあないか。
どうなっている、どうなっているんだ。
俺は、今、猛烈に困惑しているッ!
まぁ、そういうノリはここまでにして、と。
とりあえず食べてみよう。
木のスプーンを持ち、黒いどろりとした液体と黄色い米のようなものを一緒に掬う。
「ひひひ、さすがは帝だね。この毒のような色を見てそれでも恐れず挑戦するとは、ね」
蟲人のウェイは木のスプーンを黒いどろりとした液体に差し込もうとして、その覚悟が出来なかったのか、その手が止まる。木皿に広がった黒い液体の上をスプーンがスカッ、スカッと何度も空振りしていた。ウェイは表情の分からない虫の頭だから、もっと飄々とした感じかと思っていたが、意外とアレなんだな。
アレだ!
「ああ。このような色とはな。これは食べ物ではないのだな。我はがっかりだ」
天人族のアヴィオールは食べ物と認識出来なかったようだ。
って、ん?
いやいや、ちょっと待ってくれよ。
皆、黒ぽい色を見て食欲が失せているようだけどさ、でも、それってどうなんだ?
だってさ! スパイシーでとても美味しそうな匂いが漂っているんだぜ! 良い匂いじゃあないか。それでも食べ物認定されないのか。それだけ見た目に対する忌避感が強いのか。
う、うーん。
ま、まぁ、俺は食べよう。
パクリ。
もしゃもしゃ、ごっくんとな。
……。
こ、これは!
シェフを呼べぇぇぇ! と言いたくなる。言いたくなるぞおぉぉぉ!
まず、この米のようなもの。米に似ているが微妙に違う。もうちょっともっちりともちもちしている。でも、米ぽい感じだ。もう米と呼んでも良いだろう。
そして、黒いどろっとした液体。スパイシーな匂いそのままに刺激的な辛さだ。だが、辛すぎることなく深い味わいがある。肉のエキスと野菜のエキスがしっかりと反映されて……とにかく、ウマい!
カレーぽい感じだと言ったが、これは、もうカレーと言っても良いのではないだろうか。
もしゃもしゃ。
もしゃもしゃ。
久しぶりのカレーライスの味にペロリと食べきってしまう。懐かしい、本当に懐かしい気分になる味だよ。
はぁ、これは良かった。
「姉さま、カーレはどうですか!」
「えーっと、アダーラ、カレーだよ! じゃなくて、料理人を呼んで貰えるかな」
「はい! すぐに連れてきます!」
赤髪のアダーラが走り出すような勢いで厨房に向かう。尻尾は見えないのに、尻尾を振っている幻影が見えそうな勢いだな。
で、だ。
これはカレーぽいがカレーではない。だが、カレーと呼んでも差し支えがないくらいにカレーだ。
これさ、どう見てもカレーを知っている人間が、現地の材料で何とかカレーを再現しようとした結果みたいじゃあないか。俺にはそうとしか思えない。
思い込むのは視野を狭める原因になってしまう。だが……そう、だが、だ。
聞かなければいけない。聞く必要がある。俺の思い込みだったなら、それは俺が恥ずかしいというだけだ。だが、違う場合は?
「私を呼べということですが、また見た目に対する苦情ですか。そんなことを言う人たちには無理矢理口の中に突っ込めば良いのですよ」
ペルシャ顔の猫人が額に手を当て首を振っている。いや、俺が聞きたいのはそういうことじゃあないんだよな。
「えーっと、ちょっと聞きたいことがあるけど良いですか?」
俺の前にある空っぽの皿を見て首を傾げている猫人を手招きして呼び寄せる。
「それだけ食べたということは苦情ではないようですが、何ですか?」
「えーっと、これ、カレーライスですよね」
ペルシャ顔の猫人が首を横に振る。ん? 違うの?
「米という食材が見つからなかったので、ここの雪の下に埋まっていた芋を蒸かして練ったもので代用していますよ。ですから、これはカレーです」
あー、カレー『ライス』ではないと言いたいのか。
って、おい!
この人は……もしかして?
何処からどう見ても猫人だ。だけど、それを言ったら俺だって獣耳にふんわり尻尾が生えた姿をしている。
この姿を見たら、誰も俺が異世界から来たとは思わないはずだ。
だから、もしかして、だ。
俺はペルシャ顔の猫人にだけ聞こえるようにささやく。
「えーっと、もしかして異世界からやって来たんじゃあないですか?」
ペルシャ顔の猫人が驚いた顔でこちらを見る。
当たり、か。
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