187 やまい
今、この赤毛の少女はなんて言った?
「はぁ、はあぁぁぁ」
赤髪の少女がこちらの手を取ったと思った次の瞬間、彼女は俺の背後に回っていた。は、速い……。
その赤髪の少女が俺の頭をこすっている。そう、すり切れるほどの勢いでこすっている。幻聴だと思いたいほどの荒い息づかいが頭上から聞こえる。ちょ、耳が、耳が痛いから。頭の上に耳があるとこういう時、不便だよなぁ。って、こういう時ってどういう時だよ。普通はこんな状況、ありえないだろう。
「姉さま、凄いです、はあぁぁぁ」
痛い、痛い。耳が千切れる。
さっきまでの戦いよりも命の危険を感じる。抱きしめられ、がっつりと拘束されて逃げることが出来ない。おいおい、洒落にならないぞ。
俺は思わず蟲人のウェイと天人族のアヴィオールの方を見る。た、助けて……。
「ひひひ、そこまでだよ。帝を離すんだね」
「あ……」
蟲人のウェイが俺の頭を削ろうとしていた赤髪の少女の手を取り、俺を解放する。
「ウェイ、た、助かった」
「ひひひ、この者のこのような姿は初めて見たね」
「えーっと、そ、そうなんですねー」
俺はかなりの距離を取って、改めて赤髪の少女を見る。何だか、微妙に病んでる表情で俺を見ている気がする。最初の印象というか、不良の怖いお姉さんというイメージが崩れている。どっちが素なのだろうか。
「ひひひ、これでこの方が帝だと分かったね」
蟲人のウェイの言葉を受け、赤髪の少女が顔を伏せ俺の前に跪く。
「この私、獣人のアダーラ! 姉さまに忠誠を誓います!」
そして顔を上げる。その顔はとろけていた。いや、ちょっと、ちょっと? かなり怖い。それに姉さまって、どう見ても俺よりもそっちの方が年上って感じだよな。
尻尾が生えていないのに、幻覚の尻尾が見えそうな勢いで赤髪の少女はがっつくような勢いでぐにゃぐにゃ動いている。まるで犬だ。俺は頭に獣耳もあって、ふっくらとした尻尾も持っているのに、この赤髪の少女の方が獣みたいだ。
「あ、はい。えーっと、自分はタマです。よろしくお願いします」
「よろしくされました!」
赤髪の少女は怖い視線をこちらに送りながら胸元で手を組んでいる。こ、この少女に本名を名乗るのは怖いよな。だ、だから、通り名のタマで良いだろう。うん、良いな。
赤髪の少女が立ち上がり、遠巻きにこちらを見ていた獣人たちの方へ振り返る。
「おい、お前ら、お前らも姉さまに忠誠を誓え! グズグズするヤツは私が殺す。早くしろ!」
赤髪の少女が最初に見た時と同じ鋭い睨み付けるような目で叫ぶ。周りの獣人たちはその叫びに怯えるようにびくりと体を震わせ、すぐに跪き頭を下げる。
赤髪の少女が俺の方へ振り返る。
「姉さま、私の配下は全て姉さまのものです! 好きに使い潰してください!」
赤髪の少女が笑いながらそんなことを言っている。いやいや、使い潰さないよ。ま、まぁ、予定通り配下になってくれて良かった、良かった……だよな? 何というかウェイの思惑通りに誘導されて進んでいる気がしないでもないけど、ま、まぁ、味方が増えて悪いことはないよな。
「えーっと、ウェイ、これで目的は達成ですよね」
俺はウェイの方を見る。だが、ウェイは首を横に振っていた。
「ひひひ、帝よ、この程度で満足されては困るね。この者たちを連れて獣人族の王都を取るのが良いと思うのだがね」
思わないのだがね。
獣人族の王都を取るってどういうことだよ。
「あん? 王都を取るだと?」
赤髪の少女アダーラがウェイの方を見る。睨み付けるような怖い目だ。
「ひひひ、そうだよ」
「最高だな! いいね、いいね、いいいねえぇぇ! いつ取るかとここで牙を研いでいた甲斐があったぜ! おやじをぶっ殺して私が獣人王だあぁぁぁッ!」
赤髪の少女が楽しそうに叫んでいる。好戦的だなぁ。
いや、これ本当にこのまま戦いに行く流れなのか。王都ってここから近いのかなぁ。雪が多くて移動が大変そうだけど、あー、こっちには天人族のアヴィオールがいるか。竜になって貰えば数十人くらいは余裕で運べるしなぁ。
俺はアヴィオールの方を見る。
「ん? 我か? 我がどうかしたのか?」
アヴィオールはのんきにそんなことを言っている。ホント、空気が読めないというか、余裕があるなぁ。
「いや、えーっと、これから王都を攻めるってことになったらしいですけど……」
「ああ。その程度、すぐに終わらせれば良いだろう。帝が居て、配下の我らがいればすぐに終わることだ」
ホント、のんきだな。帝が居てって言うけどさ、俺の力なんてたいしたことないじゃあないかよ。お前らの方が恐ろしい力を持っているじゃん。
「ひひひ、そうだね」
「ああ! でもよ、その前に腹ごしらえだ! 姉さまに美味しいものを食べて貰いたいんです!」
あ、はい。
にしても、美味しいものか。ちょっと興味があるな。
「ほう、美味しいものか。我の口に合うものがあるか」
「ひひひ、楽しみだねぇ」
あー、うん。この二人はマイペースだなぁ。
「おい、私は! 姉さまのために用意するんだからな!」
赤髪の少女アダーラが俺の方を見る。いや、さっきから俺の方しか見ていない気がする。ターゲッティングされている気がする。
「姉さま、ここにはもどきから保護した料理人と名乗るものが居ます。きっと姉さまも満足されるます!」
あ、はい。
って、料理人が居るんだ。
ちょっと、この世界の料理は酷かったからなぁ。少しはマシなものが出てくると良いな。
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