185 獣人族
これ、俺が戦う流れだよな?
んー、なんでそんな展開になっているんだ?
戦う? 誰が? 俺が?
「あのー、えーっと、それは……」
「構えろ! お前らは手を出すな。私が殺す!」
赤髪の少女が叫ぶ。
何というか、これは言葉で何とかなるような感じじゃあないよな。
練習用なのかまっすぐな穂がついただけの槍を構えた赤髪の少女。革の服のようなものを纏い、その上に金属製の胸当てを身につけている。よく見れば、周囲の獣人族たちも同じような格好だ。これは制服とかそういう感じなのかなぁ。それとも獣人族の民族衣装だろうか。
んで、構えろ、か。
これはアレだよな。俺が構えた瞬間、さっきの一瞬で俺の前に現れたようなことをやって襲いかかってくるってコトだよな。
にしても、一瞬で目の前に、か。
少し魔力の流れのようなものを感じたから、魔法的というかスキルとかそういう感じの技なんだろうな。
これさ、アレだよな。憶えたばかりのアレが役に立つよな。そう、ヴィジョンの魔法だ。使い道がないと思っていたのにさ、まさか、それを使えと言わんばかりの状況になるとはなぁ。まるで狙っていたかのような状況だ。
……狙っていた?
誰が?
考えすぎか。いや、だってそうだよな、俺がヴィジョンを習得したのは偶々だ。リターンを二にあげていた可能性だってあるし、それ以前に、ここに来なかった可能性だってある。ヴィジョンを憶えたからチュートリアルとして、ここに連れてこられたなんてあるはずがない。俺の考えすぎだ。
疑いだしたら切りがないけどさ。俺は自分が世界の主人公だと思い込めるほど自惚れちゃあいない。
そうだな。ヴィジョンを憶えていたのは運が良かったと思うべきだ。
そうだな。
ちょうど、運良く、何とかする魔法を憶えていたぜ!
「早く構えやがれ!」
ちょっとキツめな赤髪少女が叫んでいる。
……これ、殺しちゃったら不味いよな。俺は無駄に人を殺したくないし、仕方ない。
「えーっと、このままで」
「舐めるな!」
赤髪の少女が叫んだと同時にゆらりと魔力の流れが立ち上った。
今、だ!
――[ヴィジョン]――
魔法を発動させる。その瞬間、世界は止まり、コマ送りのような映像が流れ出す。赤髪の少女の残像が槍を構え、スライドするように迫り、突きを放つ。動きが、未来が見える。
そして現実が動き出す。
俺は先ほど見ていた赤髪の少女の残像をなぞるように右拳を突き出す。
次の瞬間、俺の体は吹き飛んでいた。
冷たい凍り付いた闘技場の舞台を俺の体が転がる。
あ、が、は。
顔に触れる。鼻から血が流れていた。
鼻血だと……。
頭が痛い。頭の奥が痛い。転がった時や赤髪少女による怪我じゃあない。これはヴィジョンを使った反動だ。脳みそが処理し切れていない……のか。
酷い魔法だ。
上体を起こし赤髪の少女を見ると何処かおかしいという表情でこちらを見ていた。
立ち上がり、埃を払う。怪我はない。常に魔力が体を循環している状態の俺はちょっとやそっとのことじゃあ怪我をしない。しない……はずだ。まぁ、普通の人よりも丈夫だよな。怪力だしな! まぁ、赤髪少女の攻撃が軽かったというのもあるだろう。早いだけで力はなかったからな。それでも踏ん張りが利かなくてこちらが吹き飛ばされたけどさ。
さて、と。
草紋の槍を持ち、構える。ちょっと舐めてたかなぁ。
俺もさ、負けるのは嫌だしな。それに、だ。反射神経には自信があるんだよ。
草紋の槍を逆に、柄を前にして持ち、空いている左手で鼻血を拭う。
「どうぞ」
「殺してやる!」
赤髪の少女が叫ぶ。
そして魔力が立ち上がる。
ここだッ!
――[ヴィジョン]――
ヴィジョンの魔法を発動させる。
未来視が発動する。コマ送りのような赤髪少女の残像が槍を構え滑るようにこちらへ迫り、突きを放っている。
見えた。
構えた草紋の槍の柄を迫る赤髪の少女の腹に当たる位置に置いておく。
そしてッ!
右足の親指と草紋の槍を持った右手の親指と人差し指にだけ魔力を循環させる。
魔力を循環させた右手と右足にズシリとした重さがのしかかる。
次の瞬間、目の前には苦悶の表情を浮かべる赤髪少女の顔があった。
今度は吹き飛ばないように足と手に魔力を循環させたからな。あの突進の早さのままにぶち当たったら痛かろう。
「おご、ごごご、くっ」
赤髪の少女が苦悶の表情を浮かべていたのは一瞬だけだった。すぐにこちらを睨んでいるような怖い表情に戻り、後方へと飛び退く。
「えーっと、もう一度やりますか? 同じ結果になると思いますよ」
一応、忠告しておく。いや、だってさ、こっちは魔力を使って踏ん張らないと突進の威力で吹き飛んじゃうからな。さっきのは右足の親指と右手を犠牲にして防いだけどさ、指の数には限界があるからな。そんなすぐに魔力を付与して動かなくなった体は回復しないしなぁ。
赤髪の少女は何度でもあの突進を使えそうだしさ、何度もやられたら不味い……よな。
これで諦めてくれないかなぁ。
「ああ! お前が帝かどうかは知らねぇが、舐めてたよ、認めるさ。だから死ね!」
赤髪の少女が口汚く叫ぶ。
そして、その体が光に包まれ大きくなっていく。
待て待て待て、この赤髪の少女も、そこの天人族の優男みたいに変身するのか。
光が消えた後、そこに立っていたのは巨大な赤毛の狼だった。首には金属製の胸当てが首飾りのように輝いている。あ、そういう。
『さあ、死ね』
赤毛の狼が吠える。
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