184 氷大陸

 そして、いくつかの建物が見えてくる。石を積み上げたドームのような円形の建物だ。いや……石じゃあないのか。粘土? 煉瓦だろうか。そうだよな、雪国に石は不味いだろう。


 煉瓦造りのドームが並んでいる。


 獣人族の国、か。獣人族は国を持っているんだな。てっきり何処かの島や辺境に追いやられているのかと思ったら大陸にある国なんだな。


 って、雪に覆われた場所なんて充分辺境か。


 雪に覆われた大陸を蒼い竜が飛ぶ。人の姿は見えない。人が出歩いていない? 何かあったのだろうか。まさか滅んでいるとか……無いよな?


 思わず蟲人のウェイの方を見る。蟲人のウェイは特に気にした様子が無い。どういうことだ? まぁ、聞いてみるのが一番か。

「えーっと、人の姿が見えないようだけど……」

「ひひひ、今の時期ならヤツらは闘技場よ」

 闘技場? 何だか嫌な予感しかしない単語だなぁ。


『うむ。急ぐぞ』

 蒼い竜が飛ぶ。


 獣人、か。はじまりの町で出会った猫人や犬人みたいな感じだろうか。そういえば、あの門番とか元気にしているかなぁ。


 やがて巨大な円形の舞台が見えてくる。あれが闘技場か。確かに人が、人の姿が見える。でも、あまり数が多いようには見えないなぁ。


 って、ん?


 人?


 蒼い竜が闘技場のど真ん中で止まる。闘技場に大きな黒い影が落ちている。闘技場の人々が驚いた顔でこちらを見上げているのが分かる。


 って、おい。まさか。


 お前ッ!


 蒼い竜の体が光に包まれ消える。


 やっぱりかッ!


 そして俺の体が宙に投げ出される。


 魔力は?


 行けそうだ。


 いや、こんな獣人? たちのど真ん中に降りるのに足が使えなくなっても大丈夫なのか? いや、でも、そんなことを心配している場合か? それ以前に死にそうだぞ。


 こいつ、降りるなら降りるって言いやがれ。後で殴ってやりたい。ホント、あの優男のような面を殴ってやりたい。


「ひひひ、帝よ、掴まりなされ」

 俺がそんなことを考えているといつの間にか蟲人のウェイが隣に来ていた。


 へ?


 俺は慌ててウェイに掴まる。


 そのウェイが闘技場の舞台にふわりと着地する。続けて翼の生えた優男も着地する。その優男はのんきな顔で髪を掻き上げている。ホント、殴ってやりてぇ。


「えーっと、ウェイ、ありがとうございます」

 掴まっていたウェイの体から飛び降りる。

「ひひひ、お安いご用だね」

 ウェイは笑っている。うーん、着地も出来ない情けないヤツと思われてしまったか? いやいや、本当は着地くらい出来るんだぜ。ただ、魔力を使うのが勿体ないと思っただけだからッ!


「まーう」

 羽猫ものんきな顔でパタパタと羽を動かしながら降りてくる。


 そして、だ。


 そんな俺たちは取り囲まれている。


 彼、彼女らが獣人なのだろう。槍を手に持ったその姿は……人と変わらない。いや、人としか見えない。どういうことだ?


「えーっと、ウェイ、彼らが獣人ですか?」

「ひひひ、そうだよ」

「うむ。やれやれ相変わらず野蛮なヤツらだ」

 天人族のアヴィオールはそんなことを言っている。いやいや、空から竜に乗っていきなり乗り込んできたら誰だってこういう態度を取ると思うぜ。


「おい、お前ら何のつもりだ」

 こちらを取り囲んでいる集団の中から槍を持った赤毛の少女が現れる。燃えるように赤い髪、こちらを睨み付けている鋭い眼光、なかなか整った容姿のようだが、それよりもおっかないという印象の方が強い少女だ。アレだね、俺の元いた世界ならヤンキーとかやっている感じだよな。


「えーっと……」

 なんて言えば良いのかな。この少女がウェイの目的の少女か。多分、間違いないだろうな。


「ひひひ、喜ぶが良い。お前たちを帝の配下に加えてやりに来たのよ」

 蟲人のウェイがそんなこと言っている。なんで、そんな喧嘩を売るような言い方をするかなぁ。


 目の前の赤髪の少女が大きなため息を吐き出す。


 え?


 次の瞬間、俺の目の前には槍の刃があった。その先に居るのは赤髪の少女だ。


 え?


 槍の先端がウェイの細い指によって止められている。


「ひひひ、返答が欲しいねぇ」

 え? は?


 反応が出来なかったぞ。


 一瞬、そう一瞬だ。気付いた時には目の前に槍があった。速すぎる。予備動作もなく一瞬で加速した?


 動きが見えないってよっぽどだぞ。


 いや、それを指一本で止めたウェイも異常だけどさ。


 ホント、コイツら何なんだよ。


「上から過ぎるぞ。私に魔法を教えたからと師匠気取りか!」

 槍を引いた赤髪の少女が叫んでいる。

「ひひひ、弟子なら師匠の言うことを聞くべきだがね。従うのかい、どうなんだい?」

「くっ、その今代の帝をこの目で見てからだ!」

 赤髪の少女は悔しそうな顔で叫んでいる。あー、これ、多分、ウェイの方が実力は上って感じなんだな。


 んー。


「えーっと、ウェイ、彼女の実力は、もしかして一番下ですか?」

 多分、ウェイ、アヴィオール、プロキオンの実力はほぼ同格なのだろう。ミルファクはちょい上かなぁ。それからすると落ちる感じがする。仲間にする必要ってあるのだろうか。それとも獣人族という数が欲しいのかなぁ。

「ひひひ、伸びしろでは我らの中で一番だがね」

 ウェイの言葉を聞いた赤髪の少女が少し嬉しそうな表情を作る。が、すぐに顔をしかめて俺の方を見る。


「おい、この無礼なもどきはなんだ」

 赤髪の少女が俺を見てそんなことを言っている。無礼ってなぁ。にしても、ホント、怖い顔だな。

「ひひひ、この方が帝だよ」

「うむ。帝だな」

「まーう」

 はいはい、どうやら俺は帝らしいね。


「なん……だと。ふざけるな! 私の一撃に反応も出来なかったようなものが帝だと。そんなものに従えるか!」

 いや、まぁ、反応できなかったのは確かだけどさ。俺も別に従ってくれって頼んだワケじゃあないんだけどな。まぁ、ウェイやアヴィオールはそのつもりみたいだけどさ。


「ひひひ、確かめてみるかい」

 ん?


「ふざけるな! 殺してやる!」

 んん?


「帝よ、ひひひ、この愚か者に力を示してくだされ」


 んんん?


 んー?

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