179 振舞う

 ワカメと魚の出汁を効かせた醤油風味の簡単鍋だ。そこらの枝を削って作った箸のようなものを使って魚の切り身をつかみ、味を確認する。あー、うん、そこそこの味だ。不味くはない……ないな。でもさ、物足りないんだよ。つけだれにぽん酢や七味とかが欲しいし、鍋の具にだって白菜やえのき、豆腐に鶏肉などが欲しいよなぁ。


 そこで天人族のアヴィオールの方を見る。おー、立派な翼だなぁ。その翼を浸けたら鳥出汁が出ないかな?


 ……。


 って、鍋が不味くなりそうだ。


 そんなことを考えながら皆にそこらの枝を削って作ったスプーンのようなものを渡す。

「えーっと、皆で食べましょう」

 まぁ、鍋は皆で囲んで食べてこそ、だしな。それにさ、これはみんなの力を合わせて作った鍋だからな!


 だが、スプーンのようなものを渡された皆は動きが固まっている。


 ……。


「ええ。これは帝が作ったものです。ならば」

 魔人のプロキオンが最初に動く。いや、何、その意を決してみたいな感じの動き方はさー。俺は別に飯マズさんじゃあないんだぜ。


 まったく。


 魔人のプロキオンがスプーンのようなもので魚の切り身を掬い、口に運ぶ。口にスプーンを突っ込んだ格好のまま目を閉じ、動きが止まっている。いや、だからさ、普通に美味しいだろうが。


「ひひひ、我も続くかね」

「ああ、そうだな。我も行こう」

 蟲人のウェイと天人族のアヴィオールも鍋にスプーンを突っ込み魚の切り身を掬う。そして口に含む。


 いや、だから、なんで、みんなしてさ、意を決したような感じになっているんだよ。


 普通に美味しいじゃん。


 俺は箸のようなもので魚の切り身をとって食べる。


 うん、普通に美味しいよな。そりゃあ、物足りないと思うけどさ、不味くはないじゃん、不味くはさー。あー、でも醤油……というか魚醤か、その味は好き嫌いが分かれるかもしれないな。どうしても駄目って人が居るかもしれないからなぁ。


「ぬあー、ぬあー」

 羽猫が早く自分にも寄こせという感じで俺の足をてちてちと叩いている。あー、そうだな、お前は箸どころかスプーンも扱えないからな。ちょっと待っていろよ。


「こ、これは……」

「ひ、これは」

「なんと」

 三人組が驚きの顔で俺を見ている。


「えーっと……」

 俺が何かを言うよりも早く、三人が黙々と食べる。ガツガツと食べる。


「帝よ、ええ、これは素晴らしいですよ」

「ひひひ、こういうのも悪くないねぇ」

「ああ。魚がこんなにも美味しいとは! 我は知らなかったぞ」

 あ、はい。どうやら気に入ってくれたようだ。


 ……。


 でもさ、コイツら絶対に俺が飯マズだと、料理が出来ないヤツだと思っていた感じだよな。ホント、失礼なヤツらだよなぁ。こちとら一人暮らしが長かったんだ。簡単な料理くらい出来るのだよ。


「ああ。美味い。これは本当に帝の下について良かったかもしれぬな」

 魚の頭を丸ごとバリバリと食べている天人族の偽蒼竜が良い笑顔でそんなことを言っていた。翼が生えているし、魚とか好きそうだもんな。あー、でも、魚の頭を丸ごと食べるのは引いちゃうかも。それ、あくまで出汁用だからな!


「ああ。そうさね。だが、海に住む虫はもっと美味かったさね」

 海に住む虫って……ああ、蟹のことか。


 って、ミルファクじゃねえか。


 ミルファクが器用に箸のようなものを使って魚の切り身を食べていた。


「えーっと、何故、ミルファクが?」

「ん? お腹が空いたからさね」

 ミルファクは器用に箸のようなものを使って羽猫に魚の切り身を食べさせている。いやいや、あんた盾を作り直している途中じゃあなかったのかよ。


 はぁ、まったく自由な人ばかりだなぁ。


 プロキオンが魔石の加工を待っているはずなんだけどなぁ。それはまだまだ時間がかかりそうだ。


 あ、そうだ。


 それなら……。


 俺はタブレットを確認する。


 表示されているレベルは『17』、BPも『0』のままだ。そりゃまぁ、ワイバーン種とは戦えなかったし、ろくに戦闘をしていないのだから、変わらないのは当然だ。


 この機会に皆を誘って狩りに行ってみるのも悪くないかもしれない。皆、各種族の偉い立場だからか、かなり強いしな。それで運良くレベルが上がればBPを使ってリターンの魔法を憶えてみるのも悪くないな。もし、俺の予想が正しければ、この魔法は……。


 よし、狩りの提案をしてみよう。


 鍋を通じて皆の心が一つになろうとしているし、これでさらに仲良くなれるよな!


「えーっと、みな……」

 と、そこで気付く。


「ああ、美味しかったぞ」

「ええ。満足ですよ」

「ひひひ、こういうのも悪くないものだね」

「そうさね」

「まーう」

 土鍋の中が空っぽになっていた。


 魚醤味のスープまで飲み干されている。


 おい、コラ。俺の分がなくなっているじゃあないか。


 俺、味の調整の時を除いたら、魚の切り身を一つ食べたくらいしか満足に食べていないんだぞ。


 そこは、こう、俺の分を残しておくとかさー。


 酷すぎる。


 って、アレ?


 俺はそこで気付く。


 タブレットに表示されている数値が……あれ?


 レベルが『19』に増えている。BPも『2』だ。いやまぁ、BPはレベルが上がったからだろうけどさ。


 何で、レベルが上がったんだ?


 さっきと今で何が違う?


 この一瞬で何が起こった?


 今の間に起きた出来事って、皆が俺を無視して鍋を食べきったくらいだよな?


 それでレベルが上がったのか?


 分からない。

 本当に何でだよ!


 これから毎日鍋パーティーを続けて皆に食べさせていたらレベルが上がるのか?


 いや、ホント、何でだよ!

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