177 ドヤ顔

 ……。


 俺はもう一度プロキオンの方を見る。


 はぁ、仕方ないか。


 俺は凄く嫌そうな顔をしているプロキオンを置いて工房の外に出る。工房の外では蟲人のウェイと天人族の偽蒼竜が顔を付き合わせて何やら怪しい相談をしていた。


 ……。


 はぁ、仕方ないか。


 俺はとことこと二人のところへ歩いて行く。


「ひひひ、帝、どうされたので?」

 俺に気付いたウェイがこちらへと振り返る。

「えーっと、一応、一言だけ伝えておこうかと思って」

「やはり、我にはこのような幼子が帝とは信じられぬ」

 俺がウェイに話しかけていると天人族の偽蒼竜が割り込んできた。いや、別に信じてくれなんて言ってないんだけどな。

「ひひひ、偽りの種族のしかも幼子のような姿をしているからねぇ、天人には認めにくいことなのだろうさ」

 ウェイの言葉を聞いた天人族の優男は腕を組み、唸りはじめた。だからさ、別に信じてくれなんて、俺は一言も言っていないんだけどな!


「えーっと、それでですね、とりあえず海に行こうと思うので、それを伝えようと思って。ここで待っていて貰えますか?」

「ひっひひひ、帝よ、海とは? 死にに行くようなものだよ」

 蟲人のウェイは楽しいことを聞いたという感じで笑っている。死にに行くのは楽しくないよなぁ。


「幼子、何をするつもりか分からぬが、我も行くぞ」

 優男が髪を掻き上げ、そんなことを言っている。はぁ? 着いてくるつもりなのか。そんなに長い髪が邪魔なら切れば良いのに。それとも、その長髪は竜化する時に必要なものなのか?


 ……。


 まぁ、良いさ。


「勝手にしてください」

 とりあえず海に行こう。


「み、帝よ。この者が行くなら私も行きますよ」

 工房から慌てて出てきたプロキオンがそんなことを言っている。

「ひひひ、それなら我も行こうかね」

 蟲人のウェイも着いてくるようだ。


「なう」

 俺の肩に乗っかっている羽猫も一緒に行くと言わんばかりに鳴いている。


 はぁ……。


 ため息が出そうだ。


 まぁ良いか。


 来たいなら来れば良いさ。


 三人プラス一匹と一緒に海に向かう。


 ざぱぁーん。うん、海だ。ざぱぁーんなんて音が出るほどの波が立つような海ではないが、海だ。波なんて緩やかだからな。風も無いし、ホント、静かな海だな。


 草紋の槍を持ち、そのまま海の方へと歩いて行く。


「ぬあ!」

 肩の上でくつろいでいた羽猫が驚き、慌てた様子でそこから飛び退いた。ん? ああ、さすがに猫は泳げないか。まぁ、猫かどうか分からない謎の生物だけどさ。


「おい、幼子。何を考えている!」

 天人族の優男が何か慌てている。


 ん?


「ええ、そうです。そこの天人の愚か者の制止が無ければ……帝よ、死ぬつもりですか」

 プロキオンも何故か慌てている。


「帝よ、ひひひ、我らは浮かぬのよ。待つのは死よ」

 蟲人のウェイもそんなことを言っている。


 ん?


 んんー?


 あー、そういえば浮かないってコトを里の方でも言っていたな。


「あー、えーっと、重くて浮かないって話ですか? 自分は大丈夫ですから、ちょっと魚を獲ってきます」

 俺は軽いから大丈夫だぜ。


「いえ、違うのですよ。帝よ、私たちの体は海に耐えられないのですよ」

「ひひひ、そこの空断の言う通りよ。体内の魔素を全て海に奪われ浮かぶことなく霧散するだろうよ」

「我とて長くは耐えられぬ。魔素生命体の弱点だ」

 三人が三人とも必死な顔でそんなことを言っている。


 ん?


 重くて浮かないって話じゃあないのか? いや、でも、里で教えてくれたのはそういう内容だったよな?


 う、うーん?


 でも、俺、大丈夫だしなぁ。


 これはアレか? 俺が特殊だから、か。これは俺の力を自慢する場面か?

「大丈夫ですから、そこで見ていてください」

 俺は顔がほころぶのを止められない。ヤバい、ちょっとニヤニヤしているかもしれない。いや、こういうのってさ、ちょっと、アレだよな、うん。分かっているんだけどさ、駄目だなぁ。ふぅふぅ、抑えて抑えて、あまり自慢気にならないように、抑えてさりげなく、これくらい当然という感じで、うん。


 そして、三人の制止を振り切り、海に飛び込む。


 ざぱーん、とな。


 ……。


 ……。


 ……。

 ……。


 うん、問題ないな。


 連中があれほど必死に制止するから、万が一がなんて少し考えたけど、問題ないな。いや、まぁ、散々、海に潜って魚を獲ってきたからな。


 今更だよ、今更。


 手頃な魚を見つけ、草紋の槍で貫く。うむ、何度も繰り返しているからな。俺も槍を片手に魚を獲るのが上手くなったぜ。


 二匹、三匹と貫いていく。


 四匹目を貫いたところで海面に戻る。そのまま砂浜へ。


 そこには俺を驚いた目で見ている三人が居た。いや、羽猫も驚いているからプラス一か。


「えーっと……魚です」

 魚を見せると三人は我に返った。


「はっ! 幼子よ、いや、あなたこそが帝だ」

 天人族の優男が俺の前まで駆け出し、跪いた。


 えーっと、あれ?


 いや、認めてくれたのは嬉しいけど、海に潜って魚を獲ってきたことで認められるのは凄い微妙な……。

 あの山頂で散々苦労して戦ってさ、竜の一撃やブレスにも耐えて、それでも疑われたのに、魚を獲っただけで認められるのは、ちょっと釈然としない。


 いや、確かにドヤ顔はしたかったよ。


 したかったさ!


 でも、うーん。

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