163 蹂躙だ

 工房の近くに保管しておいた干し魚と魚醤、水を回収する。ワイバーン種の生息している山の麓までは――島の規模を考えて、ここからだと一日程度の距離というところだろうか。食事の準備は必要だ。


 ……。


 しっかりとした鞄がないから、ちょっとした荷物になるなぁ。これがさ、プロキオンが一緒に着いてきてくれるなら荷物持ちを任せられるんだけどさ。重さがそのままとはいえ、空間魔法は便利だよな。覚えられるなら俺も覚えたいよ。


 ……うん、後で聞いてみるか。


 この島の中央にある火山を目指して森の中を駆ける。ウェイが虫の絨毯を造っていたからか魔獣の姿はない。今のうちにサクサクと進んでしまおう。


 にしても、だ。ミルファクにはビックリしたな。何処からか巨大なハンマーを取り出してウェイを吹き飛ばすとかさ。口では蟲人と虫は違うって言っていたけど、本当はかなり嫌だったんじゃあないか。まぁ、大盾を破壊されてイラッときたのかもしれないけどさ。


 ……。


 大盾、か。


 大盾なぁ。俺がもっと早く魔力纏を身につけられていたら、もっと早く魔力操作が出来るようになっていれば、黒い色が魔力の流れだと気付いていれば、いや、全てが終わってしまった『もし』だけどさ、そうすれば大盾を壊すことはなかったんだよな。


 まぁ、でもさ、草紋の槍は残った。これがあれば戦える。ワイバーン種がプロキオンやウェイより強いってことはないだろう。多分、大丈夫だ。まぁ、でもさ、油断だけはしないようにしよう。


 森を駆ける。


 駆ける。


 中央の火山を目指し走る。


 落ちた枯れ枝を踏みしめ、落ち葉を蹴散らし、駆ける。


 !


 その途中、こちらの不意を突くように黄色い毛並みの虎が木の上から飛びかかってきた。とっさに草紋の槍に魔力を纏わせ、突きを放つ。


 緑色に輝く草紋の槍が虎の脇腹を突く――浅い。虎が体を捻り、そのまま着地する。こちらを威嚇するように小さく唸り声をあげ、口を大きく開ける。


 だが、遅いッ!


 ウェイやミルファクの動きを見た後では――遅すぎる。


 草紋の槍を構え、口を大きく開けた虎に突っ込む。虎の口に生まれる赤い魔力。その魔力を蹴散らすように緑の魔力を纏った草紋の槍をねじ込む。


 貫く。


 赤い魔力が霧散し、弾ける。虎の口から草紋の槍は侵入し、そのまま貫通した。


 虎の体を蹴り、無理矢理、草紋の槍を引き抜く。俺の蹴りの威力が高かったのか、虎が森の中を転がり、倒れる。見れば虎は白目を剥いて――いや、息をしていない。絶命している。


 一撃か。あー、最初に、脇腹に一撃を入れていたから、二撃か。魔力消費は……うん、大丈夫だ。武器に薄く魔力を覆わせている感じだからか、それほど消耗している感じはない。これならストップの魔法を使った方がキツいな。


 自分の中の魔力は少しずつ回復している感覚がある。ウェイとの戦いで限界近くまで消耗したと思ったが、森の中を駆けている間に半分くらいまでは戻ったようだ。


 森を駆ける、か。いつの間にか、この体でも普通に走れるようになったな。この体になって、最初の頃は歩くのすら困難だったのにさ。尻尾が邪魔で邪魔で。今では随分とふかふかになった尻尾。さすがに猿みたいに木に巻き付けるとか、自由自在に動かすことは出来ないけど、歩く邪魔にならない程度には――無意識のうちに動かせる。俺も随分とこの体に馴染んだってことだよな。


 ……。


 ま、感慨にふけっている場合じゃあないな。


 って、ん?


 周囲から魔力の反応。


 とっさに飛び退く。そこを抜けていく渦巻く赤い炎。火の魔力?


 次々と赤い魔力が放たれ、渦巻く炎が木々に当たって弾けている。


 そして、森の木々の間から唸り声を上げる虎たちが現れた。二、三、四……全部で八体ほどか。この森の中層を支配しているというタイラントタイガーたちだろう。魔人族の少女と一緒に戦ったのが……いや、一緒には戦っていないか、あの時の出来事が随分と昔みたいな気分だなぁ。こちらを威嚇しているこの虎たちは、あの時のタイラントタイガーと比べれば随分と小さい。大人と子どもくらいのサイズ差がある。だから、炎も弱いのか。木々を燃やし尽くすような炎じゃあなかったな。


 にしても、八体か。


 多いな。


 でも、不思議と負ける気がしない。あの時から、俺は強く――なったか? 魔力纏のやり方を覚えたくらいで、俺自身は強くなっていないはずなんだけどな。


 でも負ける気がしない。


 最初に大きく口を開けた虎を狙い、飛び出す。他の虎は仲間に当たると思ったのか、唸り声を上げているだけだ。そして放たれる赤い魔力。


 炎の渦が迫る。


 このまま突っ切るか? 火耐性がある自分なら大丈夫なはずだ。


 いや、過信するな。


 草紋の槍に魔力を纏わせ、相手の魔力を蹴散らすッ! 今、草紋の槍は緑色の魔力に覆われている。これが一番馴染みやすいと思ったからだ。


 だが……!


 草紋の槍に纏わせていた魔力を緑色から黒色に染め変える。漆黒の大盾が自動的にやってくれていたことを、こちらで行う。


 黒い魔力。俺は漆黒の大盾を操ったことで、その属性を、その色を理解している。俺なら扱える。


 扱えるはずだ。


 迫る炎を前に、草紋の槍を一閃――霧散させる。そのまま草紋の槍で突く。炎を吐き出した虎に草紋の槍が刺さる。貫いたまま槍を上へと跳ね上げる。虎の体が上に切り裂かれる。まずは一体。


 槍を振り払い、血を飛ばし、周囲を見回す。


 次の獲物。


 草紋の槍を持ち、駆ける。


 蹂躙だ。

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