160 決着後

 何がどうしてこうなった。


 俺の目の前には跪き頭を下げている蟻頭。さっきまで戦っていた相手だよな?


 本当にどうしてこうなった。


 状況が……良く分からない。


「あ、えーっと……」

「ええ。ふふふ、帝に手を出した罪、ここで死んで償って貰いましょう」

 何だかプロキオンが悪そうな顔で笑っている。

「ひっひっひ、そうよな、勝ったものの権利、甘んじて受けようかね」

 蟻頭が顔を上げ、こちらを見ている。

「ええ。帝は私にも勝っているのですから当然です、ね」

「何を言うか。ひひひひ、我に勝ったのだから空断に勝つのも当然よ」

「いえ、私に勝った帝の力が凄いのですから、ね」

 何か二人で言い合っている。


「いや、えーっと、とりあえずは殺すとか無しで」

「何と! 帝よ、この者の不敬を許すのですか!」

 プロキオンはのけぞるような格好で大げさなくらいに驚いている。


 いや、あのさ……。

「えーっと、戦ったことだったら、プロキオンも最初はそうだったよね」

「ええ。ふふふ、あれはとても見事な戦いでした、ね。不意を突き魔法で目に草を生やして視界を奪い、崖に蹴り落とす。私もコハクが居なければ無事では済まなかったでしょう、ね」

 何故か得意気なプロキオン。えーっと、コハクって、確か、あのこの島まで運んでくれた大きな鳥だよな。

「何を言うか。ひっひっひ、この蟲人の甲殻を貫く魔力纏こそ至高よ」

「何を言っているのですか。その程度当然でしょう、魔人である私に魔法を通した方なのですから、ね」

「ひひひ、それなら我も受けたからねぇ。どうやったのか、さすがは帝だねぇ」

「ぐ、ぐぐぐ。それなら帝は私の空間断絶を見破ったのですよ」

「ひっひっひ、その程度、魔力が見えれば出来る事よ。特別なことじゃないからね」

「ぐ。言わせておけば、私の空間断絶を見ていないから、その言葉が言えるのですよ」


 ……。


 何でコイツら俺に負けたことを威張りあっているんだ? 良く分からない。というか、空間断絶って何だ? 俺、そんな技、知らないぞ。何か適当なことを言っているんじゃあ無いのか?


「あ、えーっと、とりあえず二人とも落ち着いて欲しいです」


 俺が話しかけるとプロキオンも蟻頭に並んで跪いた。いや、ホント、何だ、この状況は。


「で、えーっと、何で急に自分に従う感じになったんでしょうか?」

 いきなり跪いてくるんだからな、驚きだよ。いや、だってさ、突き刺した草紋の槍の抜け出し方から考えても、まだまだ戦えたよな? まだかなりの余力があったように見えたけど、いや、ホント、あのまま戦っていたら負けたかもしれないくらいだったよな?


「ひっひっひ、力を見せていただき、あなた様が帝だと理解したからかねぇ」

 帝だと理解した? 何なんだろうな。プロキオンもそうだったけど、魔人族も、この蟲人も、帝って存在に何か特別な思い入れがあるように見えるな。


「いや、えーっと、自分が帝かどうかは分からないんだけど」

「ひひひ、あなた様は間違いなく帝。そのお力を持っております」

 蟻頭は楽しそうにひひひと笑っている。うーん、分からない。


 何故、そう確信出来たんだろうか。プロキオンと同じ魔人族の里の連中だって、今でも半分くらいは疑っているのにさ。そもそも帝ってのが良く分からないんだよなぁ。


 うーん。


 俺がそうなのか、それとも、この体の元の持ち主の半獣人の少女がそうなのか。でも、獣人の少女って、多分、あの燃えた村跡で死んでいたんだよな? 俺は、その死体に俺の魂が宿った的な解釈をしているけど、いまいち良く分からないんだよなぁ。


「まぁ、えーっと、帝かどうかは置いとくとして、話は聞いてくれるんですよね?」

「ひっひっひ、もちろん。帝のご命令であれば、ひひひひ、この魔人族の里の連中でも皆殺しにしましょうかねぇ」

 いや、頼んでないから。しなくて良いから。


 それを魔人族のプロキオンが居る前で言っちゃうのはどうなんだろう。


「あ、えーっと、とりあえず、ここを囲むように蠢いている虫を何とかして貰えますか?」

「ひひひひ、お任せを」

 蟻頭が立ち上がり、周囲に蠢いている虫の絨毯の方へ歩いて行く。そして、両手を広げローブの袖を伸ばす。


 ん?


 ん? と思った次の瞬間には、その蟻頭のローブの中に周囲の虫が吸い込まれはじめた。あー、こういう感じで回収するのか。


 ん?


 あれ?


 虫を吸い込み始めてから、ローブにあった、俺が草紋の槍で貫いた穴が消えていないか?


「ひひひ、一度魔素に還元して魔力として取り込んで傷の再生と衣の修復にしているんだよ」

 蟻頭が親切に教えてくれた。


 って、は?


 ちょっと待て、ちょっと待て。それが出来るってことは周囲にばらまいた虫たちは攻撃としても使えて、さらに回復にも使えるってことだよな? 予備燃料みたいなものってことだよな?


 はぁ、ふざけんなよ。それは卑怯だろう。そりゃあ、準備に時間はかかるんだろうけどさ、一度準備すれば、埋め尽くすほどの力で攻め込めて、さらに回復し放題って……どんだけ卑怯な力だって話だよ。


 ますます勝てる気がしない。


 ホント、化け物だな。


「ところで、プロキオン、その魔石は何なの?」

 空気を読んで控えてくれていたプロキオンが顔を上げる。そう、魔石だ。この魔石を手に入れるために俺を里に放置したんだろう? それくらい大至急で手に入れないと駄目なものだってことだったんだろう? 俺に食べろってことなのかな? 俺は魔石を食べれば何かスキルとか魔法とか手に入るみたいだしさ。でも、あれ、キツいしなぁ。

「ええ。ゴーレムの動力となる魔石です」

 ん?


 ゴーレム?


 ああ! あの神域の玉座の間にあった十二体の巨大な鎧か。そういえば、確か、動力がないとか言っていたような気がする。


 あれかー。


 うーん、でもなぁ。


 必要か?


 俺自身からすると別に必要性を感じないんだよな。それなら自身の力にしたいところだけど、まぁ、魔石を手に入れてきたのはプロキオンだからな。そこはまぁ、プロキオンの考えを優先しないと。食べるのキツいしな、うん。


「帝よ。さっそく行かれますか?」

 行かれません。


 神域には俺が居ないと入れないみたいだから、俺が動く必要がある。でも、さ。


「えーっと、プロキオン、まだやることがあるので、それが終わってからで」

「ええ。分かりました」

 分かってくれるんだ。


 何よりも優先で手に入れてきた魔石なのに分かってくれるのか。そうなのか。


 んでは、プロキオンのためにもパパッと心残りを済ませてしまいますか。

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