158 魔力纏
「えーっと、それでさ、結局、お前は何がやりたいんだ?」
目の前の蟻頭に話しかける。
「ひっひひ、時間稼ぎかい? 時間を稼いだとしても助けは来ぬぞ。ひひひひ、ここに居た魔人たちは全て捉えてあるからねぇ」
誰も援軍なんてアテにしてないってぇの。いや、それよりも、だ。この里の魔人族たちは無事みたいだな。にしてもあっさり捕まるとか、魔人族もたいしたことがないなぁ……いや、準備をしっかりと整えた、この蟻頭の方が上手だったってことか。
「いーや、援軍なんてアテにしてないさ。このまま倒してしまうと、あんたの目的が分からないままになってしまうからね。分からないことがあるともやもやするでしょ?」
大盾と草紋の槍を持ったまま肩を竦める。
「ひっひっひ、態度だけは一人前だね」
「そりゃあ、どうも」
もう一度、肩を竦める。
「ふざけるんじゃあないよ!」
ギチギチと顎を鳴らし余裕を見せていた蟻頭が、次の瞬間には大きく顎を開いて叫んでいた。何が琴線に触れたのか、突然、キレたな。
「お前たち愛玩動物風情が帝に仕えていた四種族の一つ、私たち蟲人と対等と思いか!」
またそれか。
にしても帝ねぇ。四種族ってことは、四天王みたいな感じなのか? 帝って名前だけど、どちらかというと魔王とかラスボスみたいなイメージだよな。んで、その一つが魔人族、で、この蟲人族か? あと二つは何だろうな。
――[サモンヴァイン]――
で、だ。
「えーっと、それならさ、魔人族とは仲間だったんじゃあないのか? 何故、その里を襲っているんだ?」
「ひっひっひ、お前たち愛玩動物の罪を処断するのは同じだがね、だからと言って味方同士じゃないからね。魔人の戦士の力は厄介だから縛りをつけさせてもらうのさ。そのために自ら出向いたんだからね」
――[サモンヴァイン]――
俺はもう一度肩を竦める。
「えーっと、敵対している自分が言うのもなんだけどさ、激高していた割りにさ、そう、ぺらぺらと教えてくれて大丈夫なのか?」
「ひっひっひ、死ねば同じだろう」
何が同じなんだろうね。
まぁたく、面倒事ばかりだよ。
つまりだ。
プロキオンのような力を持った魔人族を従わせるために、里の連中を人質にするってことか。でもなぁ、プロキオンの性格を考えると、この魔人族の里の連中が枷になるとは思えないんだよなぁ。プロキオンなら普通に見捨てそうだよな。まぁ、そんなに長い時間、一緒に居た訳じゃあないから、もしかしたら、仲間内での情は凄く厚いって可能性もあるけどさ。
「で、この里を襲ったあんたは、蟲人のなかではどれくらいの強さなんだい?」
――[サモンヴァイン]――
「ひっひっひ。我が蟲人の魔導の頂点よ。我が前に立てることを光栄に思うが良い」
そうかい。それは良かったよ。これだけ強くて雑魚だったらどうしようかと思ったからさ。まぁ、気になるのは『魔導の』って、わざわざつけていることだけどさ。まぁ、それは良い。んで、だ。さっきからちょくちょくとサモンヴァインの魔法を使っているんだけどさ、これは別に何かトラップを仕掛けているワケじゃあない。単純に会話をしている途中なら魔法が効くんじゃあないかと思って使っているだけ……なんだけどさ、それすら無効化されるんだよな。まぁ、もし効いたとしても草が生えるだけだから、だからどうしたって話なんだけどさ。
それに、だ。
草紋の槍を持って隙を伺っているんだが、その隙がない。自分は槍の使い方を突くことくらいしか知らない程度の――素人同然の腕前だ。それくらいは自分でも分かっている。でもさ、それでもさ、ここに来るまで様々な魔獣と戦ってきたんだぜ。少しくらいは戦えるようになっているはずだ。
なのに……。
こちらが槍を動かすと魔力の流れが見え、それを感じて大盾を構えれば黒い刃が動く。相手の基本スペックが高いのか、反応が良すぎるんだよな。こちらの動きを見てからの対応で間に合うとかズルすぎる。
まぁ、隙を突けたとしても、草紋の槍が相手の硬い外皮を貫けるとは思えないんだけどさ。
結局、にらみ合ったまま会話を続けるしかない状況になっている。
「えーっと、それで……」
「ひっひっひ、終わらせるかい?」
だが、ヤツは膠着を望んでいなかったようだ。会話が終わる。
蟻頭が動く。
不味いぞ。
どうする?
蟻頭が、姿が消えたかと錯覚するような早さで動き、一瞬にして俺の前に現れる。その蟻頭が黒い刃を振りかぶっている。
ヤバい。
躱せ、回避しろ。
とっさに体を横にして振り下ろされる黒い刃を回避する。だが、次の瞬間にはヤツの空いている方の手に魔力が渦巻いていた。
魔法?
不味いッ!
大盾は? こっちは相手の攻撃を回避したばかりだぞ、間に合わない。動きについて行けていない。
――[ストップ]――
世界が灰色に染まる。時を止める。
……。
時を止めたところで動くことは出来ない。出来ることは魔法を用意することと考えることくらいだ。
ヤツの手に赤い魔力がたまっているのが見える。火の魔法だろう。どうする? とりあえず草魔法をたたき込んで……それで止まるか? 魔力の流れを断ち切れれば魔法を発動させないことも出来るだろう。だけどさ、あの魔人族の少女の時みたいに魔力の流れが外に出ているワケじゃあないんだぜ。止められるとは思えない。草が生えた痛みで止まってくれれば良いが、それも賭けだ。
……でも、それしかないか。
――[サモンヴァイン]――
――[サモンヴァイン]――
……あ。草を生やしている途中で、強烈な疲労感が襲いかかる。まさか魔力が切れそうなのか。時を止める魔法を使いすぎたか。不味い。
本当に不味い。
ヤツの手には赤い光。火の魔法。そして、もう片方の手には黒い光を放つ刃。この灰色の世界では大盾も同じ黒い色で輝いている。同属性なのだろう。
ん?
魔法?
色?
そして、世界に色が戻る。動き出す。
赤い魔力を溜めていたヤツの手に草が生える。だが、魔法は止まらない。魔力は止まらない。火の魔法が放たれる。防げない。
もろに喰らう。
がっ。熱い、痛い、焼ける。
だが、耐えられないほどじゃあない。じゃあないッ!
……って、そうか。火耐性ッ!
このままッ!
炎の爆発をくぐり、草紋の槍で突く。それが上手く不意を突いた形になったのか、ヤツの体に草紋の槍が刺さ……らない。
なんだ、と。何か硬いものに当たった手応え。草紋の槍が止まっている。
「ひっひっひ、盾としての役割を担っている蟲人にその程度の攻撃が通じるものか」
硬い。とにかく硬い。何か分厚い壁に槍を叩きつけたかのような衝撃だ。草紋の槍が折れなかったことが奇跡のような硬さだ。
こ、コイツ……。
とっさに距離を取ろうと後ろに飛ぶ。だが、その離したはずの間合いが一瞬にして詰められる。動きが早い。
黒い刃が迫る。
……あれ?
その動きが遅い。ゆっくりだ。見れば周囲の動きが――世界の動きが遅くなっている。何だ、何が起こっている? これは……死を間近にしているからか?
ゆっくりとした世界。コマ送りのような動きでこちらの首元へ黒い刃が迫っている。受けたら死ぬ。
盾は……駄目だ。
だけど、後方へ飛び退いている最中の――この状況で躱すのは難しい。
槍?
草紋の槍で受ける?
大盾でも切断されるような攻撃を?
無理だ。
黒い刃が迫る。
ゆっくりとだが、近づいてきている。死が迫っている。
黒い……刃?
黒?
時が止まった灰色の世界で黒く輝いていた。黒い色の魔法属性だよな? 多分、大盾も同じだ。
魔力。
そうだよ、魔力だよ。
ミルファクは言っていた。魔力を武具に纏わせろ、と。この黒い刃も大盾も黒い魔力を纏った武具なのだろう。
魔力の流れは見えていた。
見ろ。もっと注意深く、もっと繊細に。
出来るはずだ。出来たはずだ。
出来そうな予兆は感じていた。感覚は殆ど掴めていた。
だから、今、やるッ!
ゆっくりと流れていく世界の中、草紋の槍に魔力を込める。だが、その流そうとしている魔力を打ち消すかのように大盾から黒い流れが伸びている。そうだ、これが原因だ。
この大盾の魔力。これも魔力だ。
操作する。槍だけじゃない。盾も、だ。
大盾の打ち消そうとする黒い魔力を操作し流れを変える。そして草紋の槍に魔力を纏わせる。
出来る。
そうだ。
このやり方だ。
魔力を流した草紋の槍の刃でヤツの黒い刃を受ける。刃と刃がぶつかり、弾かれる。
「な、んと」
ヤツが驚きの声を上げる。
ゆっくりとした世界の中、弾かれた草紋の槍を回し、そのまま突きを放つ。
俺の魔力を纏った草紋の槍が、あっさりとヤツの体を貫いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます