157 現した

 無数の草が生えた場所を覆い隠すように虫の絨毯が蠢く。そして、その絨毯が爆発した。


「効かぬ、効かぬぞ」

 虫の絨毯を吹き飛ばした爆心地――そこに現れたのは黒いフード付きのローブを纏った何かだった。


 ……一瞬にして生えた草が吹き飛んでいる。先ほど虫が集まったのは草を吹き飛ばすためか?


 フードの下からは何か黒くテカテカとしたものが見えている。

 ゆらゆらと揺らめく長い袖の下からは干からびたような細い腕が見えている。


 片方の手には波打つように曲がった黒い刃を持ち、もう片方の手には赤い宝石が付いた杖を持ったローブ姿の何か。それが虫の絨毯の中に隠れていた。


「ひっひひひ。あのような子ども騙しの魔法、効かぬぞ」

 現れたフード付きローブがそんなことを言っている。効かないって言っている割りには痛そうな叫び声を上げていたよな。充分効果があったんじゃあないか。


――[サモンヴァイン]――


 ローブの下の黒くテカテカした体を指定して草を生やす。


 ……。


「効かぬと言ったはずぞ」

 だが、草が生まれない。草が生えない。抵抗された? かき消された?


 ……。


 予想通りだよ。それはプロキオンが教えてくれたからな。そうなると思ったよ。


 多分、いや、間違いなくだが、不意打ちなら魔法は通る。それもプロキオンで試しているからな。あの時は魔法が使えないはずの混血の自分が魔法を使うという不意打ちで魔法が通った。


 そして、だ。


 ストップの魔法。これを使えばほぼ確実に不意を打てる――魔法を通すことが出来る。時を止めて、一気に魔法をたたき込む……これが正しい使い方なのだろう。覚えた時は使い道がない魔法だと思ったが、そう考えると恐ろしい、ずるとしか言いようがない魔法だ。


 今回だって、もし自分が攻撃魔法を覚えていれば、さっきの一回で戦いは終わっていたはずだ。


 あー、くそ。せっかくチートみたいな魔法を覚えても活用出来ないなんて!


「どうやって魔法を通したか分からぬが、もう油断はせぬ」

 吹いた風がローブのフードをはぎ取る。


 ……!


 そこにあったのは大きな顎を持った蟻のような頭だった。


「え、虫……?」

「ひっひっひ、この異形を恐れるが良いさ。人によって力有る形として作られたこの体を!」

 蟻頭が叫び、そのローブの袖から杖を持った方の手を伸ばす。そこから何かが飛び出す。


 何だ? 何が? 黒い刃は持っている。魔法か?


 とっさに大盾を構える。


 だが、飛び出した『それ』が一瞬にして大盾ごとこちらの体に巻き付く。それは巨大なムカデだった。ヤツが持っていた杖が消え、ムカデに変わっていた。


 な、んだと……。巻き付いたムカデがこちらの体を締め上げる。


 大盾の力で消えない? このムカデは魔法ではないのか? このままだと……。


 だけど、だ。俺の怪力を舐めるなよッ! 体に力を入れ、ギチギチとこちらを締め上げているムカデを広げていく。ゆっくりと広げていく。だが、それをさせまいとするかのようにムカデの顔が、顎が、こちらへと迫る。


 巨大なムカデの顎。こんなのもので噛みつかれたら死んでしまう。


――[ストップ]――


 一瞬にして世界が灰色に染まる。動きを止める。ただ時を止めただけでは死を先延ばしにしているだけだ。


――[サモンヴァイン]――

――[サモンヴァイン]――

――[サモンヴァイン]――


 時が動き出すまでに草魔法をたたき込む。開かれた顎の中に何度も、何度も草魔法を打ち込む。


 そして世界に色が戻る。一瞬にしてムカデの顎にあふれるほどの草が生える。だが、それだけだ。その程度で虫は死なない。動きは止まらない。


――[スパーク]――


 草が燃える。一瞬にして燃え上がる。ムカデも口の中にまで入り込む炎には耐えられなかったのか顎を閉ざし、大きく体をのけぞり、暴れる。その隙を突いて巻き付いていた本体を引き剥がす。


――《二段突き》――


 草紋の槍が煌めき、未だ燃え続けているムカデの顎を貫く。


「眷属が……その力、お前が帝を騙っている愚か者か!」

 蟻頭がギチギチと顎を鳴らしながらしわがれた声で叫ぶ。

「……騙ったことはない」

 勝手に帝扱いされてるだけだからな。この魔人族の里にだって、正直、攫われたように連れてこられて放置されているだけだしさ。まったく酷いものだよ。


 ……。


 虫の絨毯はこの戦いの邪魔にならないようになのか、離れ、空間を作っている。まるで決戦用のバトルフィールドだな。俺はそのまま草紋の槍を持ち蟻頭へと駆ける。


――《二段突き》――


 まるで一つにしか見えないほどの高速の連続突き。だが、その連続突きは干からびたような腕の外皮によって簡単に弾かれ、掴まれる。


「ひっひっひ、魔法武器かい? しかし、大した力は付与されてないようだね。新米の戦士のために心を落ち着かせる力ってところかい?」

 気持ち悪く笑う蟻頭に掴まれた草紋の槍がギチギチと嫌な音をたてている。このままだと折られてしまいそうだ。


 不味い。


 とっさに大盾を振り回し、それを叩きつけようとする。そこで蟻頭のもう片方の手が動いた。


 ……今、草紋の槍を握っているのはどちらの手だった? 杖を持っていた方の手だよな?


 不味いッ!


 蟻頭の握っていた黒い刃が大盾とぶつかり――そして、あっさりと大盾を切り抜いた。半分のほどに切り抜かれた大盾。迫る黒い刃。両手は塞がっている。


 !


 俺はとっさに口を開け、鋭い犬歯の生えた歯で黒い刃に噛みつく。


 ……!


「はふ、はひ、はひ、はひ」

 歯で噛んで止めてやったぜ。


 そのまま半分になった大盾を振り上げ、蟻の頭に叩きつける。ヤツの草紋の槍を握っていた力が弱まる。草紋の槍を強く捻り、そのままヤツの体を蹴る。その反動を利用して距離を取る。


 が、その瞬間、赤い光が煌めいた。


 魔法かッ!


 半分になった大盾を必死で振るい、赤い光をかき消す。良かった、半分になっても魔法を打ち消せるぞ。


「ひっひっひ、粘るねぇ」

 ヤツは蟻の頭をぐにゃりと歪め笑っている。


 くそ、コイツ、強い。


 姿を現したのも余裕だからか、俺程度、余裕で勝てると思ったからかッ!


 どうする?


 あっさり勝てるとは思っていなかったけど、ここまで長引くとは……。


 状況を打破する方法がない。援軍がくるアテだって……。


 ……。


 ミルファクか? 来てくれたら心強いが、森の奥で一人住んでいるような物好きが里の異変に気付くだろうか?


 駄目だ、アテに出来ない。


 もう一度、草紋の槍を強く握り、構える。


 自分が自分の力で何とかするしかないッ!

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