156 蟲使い
覚悟は決めた。
だが、どうする?
魔法を消す大盾はいつ壊れてもおかしくないくらいにボロボロだ。周囲に蠢いている虫だって数が分からないくらいうじゃうじゃと広がっている。
くそっ。
姿の見えない相手を倒すことよりも、まずは相手の攻撃を防ぐことだ。相手の攻撃手段は魔法と見えない攻撃、その二つだ。いや、俺の周囲を取り囲んでいる虫も攻撃と言えば攻撃か。虫たちも恐ろしい攻撃の一つなのは間違いない。
反射神経に自信のあった自分でも判断出来ないくらい早い攻撃をどうやって見分ける? その反射神経があったから何とか致命傷を避けることは出来ているが、それも大盾がなくなったら終わりだ。
敗北だ。
一瞬で見分けることなんて……。
……。
はっ!
そこで気付く。
そこで思い出す。
あったじゃあないか。
何なんだ、それは。そうだよ、俺にはその力があった。まるでこうなることが分かっていたかのように、それが出来る力があった。
「ひひひ、動かなくなったが諦めたのかい」
こちらを嘲るような声が聞こえる。
そして気配が生まれる。
ここだっ!
――[ストップ]――
一瞬にして世界が灰色に包まれる。蠢いていた虫たちの動きが止まっている。
そして空中に静止していた、それを見つける。
それは刃だった。
黒い刃。
これが大盾を削っていたのか。俺が追えなかったのは単純に相手よりも身体能力が低いからなのだろう。だが、時を止めている今なら見える。分かる。
そして世界が色を取り戻す。
止めていた時間が、息を、呼吸を行うように世界が動き出す。
それに合わせて動く。大盾で地面を抉り、虫の絨毯を消滅させながら滑るように黒い刃を躱し、動く。
「ひっひっひ、運が良かったねぇ」
声だけが聞こえている。
ふぅ。何とか躱すことは出来た。ストップの魔法を使ったのはこれで二回目だが、最初の時のような疲労感がない。魔法に慣れたということだろうか。それとも最初よりも使用時間が短かったからか? だが、うん、これなら後数十回くらいは使えそうだ。
集中し周囲を見回る。
気配、だ。
気配を探れ。
そして気配が生まれる。
――[ストップ]――
世界が灰色に包まれる。そして、その灰色の世界の中に赤い火が灯っているのが見える。魔力の光。灰色の世界だからこそ、色を伴ったそれはとても目立つ。
次は魔法か。
魔法が飛んでくるであろう方向に黒い大盾を――そして世界が色を取り戻す。
動けるようになった世界で、俺はすぐに大盾を動かす。
……。
大盾が魔法受け止め消滅させた反応――よし、なんとかなる!
「ひっひっひ、その運、いつまで続くかねぇ」
楽しそうな笑い声だ。
その後もストップの魔法を使い、黒い刃は回避し、魔法は大盾で受け止める。続ける。
続ける。黒い刃は回避し、魔法は大盾で受け止める。同じことを繰り返す。
「ひっひ……ひ?」
笑い声が止む。
この声の主もおかしいと気付いたのだろう。まぁ、そうだよな、急に防がれるようになったんだからな。
……。
とりあえずはストップの魔法のおかげで何とかなっている。だが、状況を打破出来ない。攻撃手段がない。草紋の槍で攻撃しようにも相手が何処に居るのか分からない。いや、魔法や黒い刃を飛ばしている場所に居るのは分かっているんだ。だが、ストップの魔法で止まっている世界の中では動くことが出来ない。世界が動き出してからでは遅すぎる。
ストップの魔法だって無限に使えるワケじゃあない。使い続けたからか、結構、疲労感がたまっている。この分だと、使えるのは、もう、後、数回分くらいだろうか。
逆に相手にはまだまだ余力がありそうだ。相手だって魔法を使っているから疲労しているはずなんだけどさ。
気配が生まれる。
――[ストップ]――
世界が灰色に包まれる。その灰色の世界の中に赤い光が見えた。次は魔法か。やっとだな。黒い刃の方が多くなってきていたからな。
……。
相手も魔力が切れてきているのか? いや、そう思わせているだけかもしれない。
って、ん?
赤い光……?
魔法の光だ。
この灰色の世界の中でも色が……ある?
もしかして!?
そして世界に色が戻る。
ボロボロになった大盾で火の魔法を受け止め消滅させる。
……。
次のチャンスを待て。
相手は声で判断されていると思ったのか喋らなくなった。だが、関係ない。
待て。
気配が生まれるのを待て。
大盾で虫の絨毯を削りながら次のチャンスを待つ。
そして、気配が生まれる。
――[ストップ]――
世界が灰色に包まれる。そして、そこには黒い刃が浮いていた。この時が止まった世界の中で宙に浮いた刃は黒い色を持っている。自分が持っている大盾も黒色に輝いている。これが魔法を防ぐ力なのかもしれない。
そしてッ!
――[サモンヴァイン]――
発動した。
そう、時が止まった世界の中でも魔法は発動した。正確には発動はしていない。発動前の準備段階というか、指定した場所に魔力が生まれているだけだ。
だが、それで充分だ。
――[サモンヴァイン]――
――[サモンヴァイン]――
――[サモンヴァイン]――
黒い刃を飛ばしたと思われる場所。蠢いている虫の中、そこにサモンヴァインの魔法を置き続ける。時が動き出す限界まで魔法を設置する。
そして世界に色が戻る。
「ぎゃあああああああ!」
何かの叫び声。
そこには無数の草が生えていた。
草が生えるな。
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