155 襲撃者

「えーっと、何者? 何故、この里を襲う」

 大盾から逃げるように背後からこちらへ襲いかかろうとしていた虫たちを、その大盾を振り回し消滅させる。たく、油断も隙も無い。ホント、この大盾があって良かったよ。ミルファクには感謝、大感謝だな。


「ひひひ、何故、この場に愛玩動物が居るかの方が気になるがね」

 背後から――真後ろから、しわがれた声が聞こえる。とっさにそちらへと草紋の槍を突き出す。だが、そこには虫の絨毯があるだけだった。虫が突き出した草紋の槍を這い上がってくる。草紋の槍を振り払い虫を落とす。


「違う、違う、こっちだよ、ひひひ」

 また背後から声がする。コイツ、虫を隠れ蓑にしているのか。


 だけどッ!


 漆黒の大盾を振り回し円を作る。この大盾があれば虫はなんとかなる。虫を消滅させていけば辿り着けるはずだ。


「ひっひっひっひ、その盾、ダークメタル製かい? 誰が与えたのか、それは厄介だね」

 声がする。


 ……声に惑わされるな。まずは地道に大盾で虫を削るべきだ。この里を埋め尽くすほどの虫だが、魔法を使い、あくまで時間を――日数をかけて生み出しただけでしかない。その数は無限じゃあないッ!

 まぁ、今も魔法で生み出し続けているのかもしれないけどさ。でも、魔力だって無限じゃあないはずだ……ないよな?


 って、ん?


 何かが動く気配。


 とっさにそちらへ大盾を向ける。最初の時と同じように魔法か?


 大盾に衝撃が走る。何かがぶつかった?


 !


 俺はとっさに大盾の後ろに隠していた体を動かす。その避けた場所を何かが抜けていく。


 ……抜けていく?


 俺は慌てて大盾を見る。


 な……ん、だと?


 大盾の一部に線が入っている。切り裂かれた、だと。傷が入ったけど、これ、大盾の効果がなくなるとかはないよな?


 しかし、一体、何をしたんだ? 何が飛んできていたんだ?


「ひっひっひ、驚いたかい? 念のために持ってきてて良かったよ」

 こちらの驚いた顔を見て気分が良くなっているのか、そんな楽しげな声が聞こえた。だが、声の方向には誰もいない。虫の絨毯があるだけだ。先ほど何か飛んできたところにも気配がなかった。何かが飛んできてから気付いたくらいだもんな。


 しかし、大盾を切り抜けるとか……これ、直るよな?


 ……。


 コイツはダークメタルの存在を知っていた。対抗策も分かっているってことか。


 って!


 何かの気配。ゆっくり考えることも出来ないのかよ!


 大盾を構えようとしてすぐにそれを引く。また大盾を切り裂かれたら困る。これがなくなったら虫に飲まれて終わる。虫の殺傷能力は低そうだけどさ、だから、逆に怖い。虫に飲み込まれるだけでも恐怖だし、それがちまちまとこちらの肉を囓り、抉っていくんだろ? エグすぎる。ひと思いに殺されるよりもそれは地獄だ。


 そして、そんなことを考えている俺の足元でそれが炸裂した。


 なっ!?


 魔法の火の玉?


 飛び散る破片が俺を襲う。体を切り刻んでいく。


 がっ、くっ。


 イテぇ、無茶苦茶痛い。飛び散る破片は皮の服を、むき出しになっている肌を、焼き、削る。


 ここに来て、魔法だと。しかも大盾で魔法を消滅させないように俺の手前で炸裂させやがった。


 また何かの気配が生まれる。


 俺はとっさにそちらへと大盾を向ける。大盾に衝撃が走る。衝撃? 不味い。すぐに体を捻る。

 何かが大盾を抜ける。


 ちっ。


 大盾に大きな傷が二つ。これ以上、受け続けたら冗談抜きで大盾が破壊されるぞ。


「ひっひっひっひ、次はどっちかねー」

 虫の絨毯の中から楽しそうな笑い声が聞こえる。


 くそっ、どっちだ? 魔法なら大盾で防ぐ。何かの攻撃なら避ける。二択だ。だが、虫の絨毯に気配が消されていて分からない。飛んできてからなら気配も分かるが一瞬過ぎて判断が間に合わない。

 反射神経には自信があったのに、その自分でもこれだ。


 ……コイツ、強い。


 相手の準備が万端過ぎるってのもあるが、魔法の使い方といい、手強すぎる。こんなのちっちゃい女の子の姿の俺が一人で戦うような相手じゃあないだろ。


 誰か助けてくれる人は……?


 魔人族の人たちは虫に飲まれてしまっていて生きているかも分からない。


 あー、くそ、心が折れそうだ。


 また気配が生まれる。


 次はどっちだ?


 大盾を構える。その大盾に衝撃が走る。ちっ、こっちかよ! また大盾が削られる。そのうち大盾が小盾になりそうだ。


「ひっひっひっひ、どっちかねー」

 虫の絨毯から声だけが聞こえる。


 声の方向は当てにならない。もしかすると虫が声を運んでいるのか? その可能性もある、な。


 そしてまた気配が生まれる。


 とっさに大盾を構えようとして一瞬考えてしまう。これ以上、大盾を削られてしまったら……いや、それでもッ!


 大盾を構える。何かが消滅したような反応。


 魔法だった……?


「ひっひっひっひ、運が良かったねぇ」

 確かに運が良かった。


 何か行動パターンや法則でもあればなんとかなりそうだが……無理だな。出会ったばかりの相手の行動パターンを読むなんて俺には無理だ。


 どうする、どうする?


 俺は草紋の槍を強く握る。


 ……。


 不思議と心が落ち着いてくる。


 ふぅ。


 相手の目的は分からない。だが、戦いが始まった以上、やるしかない。負ければ死ぬだけだ。


 そして、俺は死にたくない。


 ……。


 やってやるッ!

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