154 魔法虫

 虫。


 至る所に虫。


 視界全てを覆い隠すような虫の絨毯だ。


 蠢く、虫、虫、虫。


 ムカデのような虫、アリのような虫、コガネムシみたいな虫、ダンゴムシみたいな虫、カサカサ、ガサガサと様々な虫が蠢いている。


 正直、目を閉じて全て無かったことにしたくなるくらいに気持ち悪い。


 ……。


 だが、それでも! 目を見開き、現状の確認に努める。


 ん?


 何故か、虫たちはこの大盾に近寄ろうとしない。どういうことだ? いや、とにかく、だ。虫が近寄らないというならばっ! この大盾の上に居れば安全だ。いやぁ、良かった、良かった。


 ……。


 はぁ……。

 大きく息を吐き出す。


 って、そうだよな。このままこの大盾の上に居ても状況は変わらないよなぁ。このまま待っていれば虫が退いてくれるならさ、待つけどさ。そんな保証は何処にもないからな。このままではじり貧だ。


 考える。


 状況を打破するために考える。


 虫の絨毯。虫の群体。


 無数の虫がこの魔人族の里を襲っている。


 ……。


 偶々、多くの虫がこの里に集まった? って、そんなワケがあるかよ。


 虫は――虫たちは何か共通の意思を持って動いている。色々な種類の虫が居るのに、それらが全て群体として行動している。例えば、これが同じ種類の虫だけならさ、何かの自然災害だと思うさ。だが、様々な虫が蠢いている。虫同士は仲良く蠢き、争っていない。そんなことが自然にさ、あり得るかよ。あり得るものかよ!


 これは何だ?


 そして、何故、俺には襲ってこない?


 俺を飲み込まない?


 俺は改めて漆黒の大盾を見る。


 魔法を打ち消す大盾。


 魔法?


 周囲を見回す。


 まさか!?


 草を生み出す魔法があるのなら、虫を生み出す魔法があってもおかしくない……よな?


 ……。


 これは意思を持った何かの襲撃だ。間違いない。


 ……覚悟を決めろ。


 俺は大盾に手をかける。大盾の上に敷いていた毛皮を取り、首に巻き付け、小さく飛び上がる――大盾を持ち上げる。その瞬間、周囲の虫たちが襲いかかってくる。俺を飲み込もうと蠢く。


 俺は持ち上げた大盾を地面に叩きつけ、そのまま円を描くように振り回す。大盾に触れた虫が――虫たちがじゅわっと消滅する。


 ……魔法の虫。


 やはり、コイツらは魔法によって生み出されたものだッ!


 蠢く虫が大盾を構えていない俺の背後へと回り込もうとする。


 させるかよッ!


 大盾を構え、振り回し、虫の群体を消滅させる。これで……って、ん?


 そして、そこに――虫の絨毯の下に隠されていた草紋の槍を見つける。草紋の槍を蹴り上げ、握り、掴む。


 意思を持った魔法で作られた虫の群体。この数、一日二日で生み出したものではないはずだ。どれだけの時間をかけた? この虫、この魔法、俺の草魔法のように一度生み出したら、そこに残るタイプなのだろう。


 魔獣が消えた理由はこれか。魔獣の姿を見なくなったのは、この魔法の虫が原因か。


 どれだけの日数をかけた? どれだけの準備を行っていた?


 あのタイラントタイガーが里の方まで降りてきたのは……これが原因か? その時からか? あれから何日が経っている?


 ……。


 くそっ、誰が何の理由で魔人族の里を襲っているんだ? 普通に考えたら魔人族と敵対している人、だ。だが、ここは周りを海に囲まれた島だぞ。


 それに、だ。人に、こんな里を覆い尽くすような虫を生み出す魔法が使えるのか?


 どうやって? 何故? 誰が?


 あー、考えている場合か。


 とにかく蹴散らすぞ。


 大盾を地面に叩きつけ、そのまま前進する。駆ける。虫を蹴散らし、消滅させる。虫の絨毯に俺という線を引いていく。


 ホント、この大盾があって良かったぜ。


 で、どうする?


 とにかく襲われている魔人族を助けるか? だが、周囲は虫の絨毯に覆われ、何も見えない。人が、建物が、里が、飲み込まれてしまっている。


 分からない。


 ……。


 となれば、魔法が飛び交っていた場所へ向かうべきだよなぁ。


 駆ける。


 俺が開けた空間を埋めるように虫が蠢き、俺を追いかけてくる。追いつかれそうになったところで円を描くように大盾を振り回し、隙間を作る。


 たく、どれだけの虫を産みだしたんだよ!


 駆ける。


 そこに魔法の火が走る。とっさに大盾を構え、魔法の火を消滅させる。


「おやおや、愛玩動物が紛れ込んでいたよ」

 誰だ!?


 しわがれた声――その声の方へと向き直る。だが、そこには誰もいない。蠢く虫の絨毯だけだ。ざわざわと蠢く虫。


 ……。


 集中しろッ!


 虫。虫の絨毯――だが、その中に虫以外の気配が、ある!


 大盾を振り回し、空間を作り、その気配を狙い草紋の槍を突き出す。


 !


 その草紋の槍が止まる。蠢く虫の中に、何か……。

「ひっひっひっ、人に造られた愛玩動物如きが人を守るために造られた戦闘用の我らに逆らうのかい」

 草紋の槍の刃を何かが掴んでいる。草紋の槍を捻り、無理矢理引き抜く。


 そこから枯れ枝のように伸びた指、干からびたような細長い腕が現れる。だが、その腕はすぐに虫の絨毯の中に消える。


 蠢く虫の中に隠れている?


 コイツが、この里を襲った敵か。

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