153 蠢く?

 森を駆ける。魔獣の姿は見えないが、相変わらず虫だけは多い。だが、それも森の中だから仕方ないのだろう。


 ……仕方ないとは思うけどさー、虫はあまり好きじゃあないからさ、こう、うじゃうじゃ虫が動いているのを見るのはあまり気分の良いものじゃあないな。


 森を抜け工房へ。


「盾の調子はどうさね」

 そこではミルファクが待っていた。いつものことだ。

「えーっと、眠る時のベッド代わりにはちょうど良い、かな」

 俺は少しだけ首を傾げてみせる。正直に言ってミルファクから貰ったこの大盾を俺は持て余している。結構な重さだが持てないワケでも、持ち運べないワケでもない。じゃあ、何が問題なのかというと……。


「それは重畳さね」

 ミルファクが口を開き、それと同時に動く。身を沈めるようにこちらへと駆け出し、その途中で小枝を拾う。


 !


 小枝が魔力の光に包まれる。とっさに大盾を構え、迫る小枝を弾く。大盾から闇が広がり、小枝を覆っていた魔力の光を霧散させる。だが、それでも俺が構えている大盾には重く――手が痺れそうなほどの大きな衝撃が残っていた。


 小枝を覆っていた魔力を消しているのに――ただの小枝なのに、俺が押し潰されそうなほどの衝撃。このミルファク、鍛冶士のくせに化け物としか言いようがない力量だ。人が魔人族を恐れるのも分かるってものだ。


 だけどッ!


 俺はもう片方の手に持った草紋の槍を構える。その草紋の槍に魔力を乗せ――ッ!


 その魔力が霧散する。


「まだまださね」

 ミルファクが唇の端を持ち上げ薄く笑い、小枝を自分の肩に乗せる。


 出来なかった。


 草紋の槍に魔力を走らせることは出来なかった。


 だが、俺が悪いワケじゃあない。俺の中では出来そうな――魔力が見える俺には形になっている感覚がある。


 魔力を乗せることが出来なかった理由――俺は大盾を見る。


 漆黒の大盾。魔法を打ち消す盾。これが邪魔をする。


 だよなぁ。何となく、そうなりそうな気がしていたんだよ。魔力を消す盾を持ちながら、魔力を走らせる? 矛盾している。


「えーっと、この大盾無しで魔力を乗せる練習をしては駄目でしょうか」

「それをするなら私はもう何も教えないさね」

 こちらを試すような色をその瞳にのせ、ミルファクが俺を見ている。


 ……。


 はぁ。それを言われるとなぁ。もう、ものに出来そうだから、魔力を乗せる方法が習得出来そうだから、何とかなりそうだから――って、それだけでミルファクとの関係を断ち切るのはなぁ。そんな小手先の技よりもミルファクとの関係の方が重要だよな。


「はぁ、えーっと、頑張ります」

 俺の言葉を聞きミルファクが再び構える。俺は次の攻撃を防ぐために盾を構える。だが、そのミルファクの動きが止まる。

「そうさね、西の森で魔獣狩りをするのも悪くないさね」

 そして、突然、そんなことを言い出した。

「あー、えーっと、西の森は立ち入り禁止になっているようですよ」

「関係ないさね」

 ミルファクは俺を見て笑っている。


 魔獣狩り、か。


 うーん、この島に来た当初なら食べ物のこともあるから、狩りはしたかったけどさ。でもなぁ。今だと、海に行けばなんとかなるからなぁ。あまり魔獣を狩る必要を感じていない。


 海で魚を獲り、ミルファクのもとで戦い方を学び、魔人族の里には眠るためだけに戻る。魚から魔石が出たら、里の魔人族から、それで毛皮とか肉とか、そういったものと交換する。


 ホント、困っていないんだよなぁ。


 まぁ、でも、ここで停滞していたら強くなれない――だよな?


「魔獣との戦いは自分の力を、資質を底上げしてくれるのさね」

 資質の底上げ? 生まれ持った力を上げてくれるってことか? つまりレベルアップのことだろうか。うーん。


 停滞は心を腐らせる。安定は向上心を曇らせる。気分転換に西の森に行ってみるのも悪くない、か。


「えーっと、了解です」

「それは重畳さね。では、続きを行うのさね」


 その後もミルファクと実戦さながらの鍛錬を続け、魔人族の里に戻る。


 すでに陽は落ちている。


 ……寝よう。


 俺は家とは呼べないような木と木を結びつけて葉っぱを乗せただけの家もどきに入り、地面に大盾を置く。その大盾の上に、自分の首に巻き付けていた毛皮を乗せる。これで簡易ベッドの完成だ。俺の小さい体なら、大盾がベッド代わりになる。


 ……。


 まぁ、地面に寝転がるよりはマシって程度だよな。起きた時に肌がじゃりじゃりしないだけでもマシか。


 ゆっくりと目を閉じる。


 明日は魔獣狩りだな。


 ……。


 ……。


 ……。

 ……。


 ん?


 どれくらい眠っていただろうか。


 二時間? 三時間?


 何か、嫌な……。


 周囲が騒がしい。


 ぞぞぞぞぞぞ。


 !


 ゆっくりと目を開ける。


 その瞬間、眠気が一気に吹き飛んだ。


 何だ、これはッ!


 大盾の周囲が虫に囲まれている。


 無数の……虫、虫、虫。


 虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。虫。


 虫ッ!


 それは虫の絨毯だった。


 ムカデのような虫、黒い甲殻を持った虫、バッタのような虫、触角を持った小さな虫、とにかく無数の虫が一面に蠢いている。


 その虫たちは大盾に近寄ることが出来ないのか、大盾から少し離れたところで蠢いている。


 大盾の上で起き上がり、周囲を見る。


 魔人族の里が虫に包まれている。


 ところどころで魔法の爆発や光、炎が立ち上がっているのが見える。だが、それらはすぐに虫の海に飲み込まれていた。


 何処にこれだけの虫が隠れていたんだ?


 これは何だ?


 魔人族が、この虫と戦っている?


 ……いや、戦いって言えるのか?


 何だ、何が起こっている!?

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