145 大カニ

 じゃり、じゃり。


 砂。


 砂の感触。


 冷たい。


 足が水に浸かっている?

 いや、それだけじゃあない。足に強い圧迫感がある。足首を何か万力のような物で締め付けられているような……そんな感じだ。


 じゃり、じゃり。


 頬が砂で擦れる。


 ん?


 俺は……何をしていた?

 眠っていたな、眠っていたよな!


 目が覚める。

 一気に目が覚める。


 そして見る。


 俺の足が掴まれている。

 巨大なハサミが俺の足を掴み海の中へと引きずり込もうとしている。


 あ、がっ!


 俺が目覚めたことに気付いたのか足を掴んでいるハサミに力が込められる。イテぇ、足が千切れそうだ。


 海面から姿を現しているのは硬い殻に包まれたハサミだ。って、魔獣か!? 眠っている間に魔獣に襲われたのか! くそっ、最近、魔獣の姿を見なかったら油断していた。


 槍、草紋の槍は……?


 遠く、手の届かない場所に草紋の槍が転がっているのが見えた。無くなってはいない。だが、足を掴まれているこの状況では、そこに辿り着くことが出来ない。


 上体を起こし、俺の足を挟んでいる殻に包まれたハサミに手をかける。海中へと引きずり込まれながら、水しぶきを浴びながら、力を込めてハサミを開く。開かせていく。


 この体の馬鹿力を舐めるなよ。


 口の中に海水が入る。


 体の殆どが海中へと引きずり込まれている。


 ハサミを持った手に力を入れる。もっと、もっと力を込める。


 無理矢理、こじ開け、足を引き抜く。その瞬間、バチンとハサミが閉じられた。危ねぇ、危ねぇ、俺を海中に引きずり込むためにあまり力を入れずに挟んでいたようだが、あのままだったら、足首を切断されていたな。ホント、洒落にならない。


 で、だ。


 このままで終わらせるつもりは無い。


 俺は腰に結びつけていたナイフを取り、そのまま海中へと潜る。


 そこで待ち構えていたのは大きなカニだった。大きさ的には二メートルクラスだろうか。馬鹿でかいってほどではないが、それでも身構えてしまう大きさだ。


 ここはまだ浅瀬だ。俺の背の高さでも立ち上がれば顔くらいは出る程度の深さしかない。その浅瀬に砂から半分ほど体を出したカニが待ち構えている。


――[サモンヴァイン]――


 カニのパカパカと動かし泡を吐いている口に草が生える。


――[スパーク]――


 草に火花が走る。海中に火花と黒い煙が揺らぐ。


 カニがゴボゴボと大きな泡を吹き出し、動きを止める。よし、効いている。水中でも火花が飛ぶって魔法は怖いな。


 そのままカニに取り付く。


 砂に潜っているカニを力任せに引っ張り出し、柔らかそうな腹の部分にナイフを突き刺す。カニが暴れているがお構いなしだ。


 ナイフの切れ味は素晴らしく奥へ奥へ、蟹の腹の中へと沈み込んでいく。そのまま捻り、抉る。


 カニが暴れているが、それを無視してナイフで抉り続ける。


 そして、カニは動かなくなった。


 ナイフで刺したままカニを浜辺へと引っ張り出す。結構、重たい。そりゃあ、二メートル近い大きさだから重くて当然か。十数キロくらいの重さはあるんじゃあないだろうか。


 これだけ大きいと味は微妙かも。でも、カニだよな。


 カニなんだよなぁ。


 カニを見て考えることが、まず味の心配ってのは、うん、まぁ、仕方ないよな。


 寝起きで空腹だし、仕方ないよな。


 しかしまぁ、浜辺にあげてみて改めて思うけど大きいな。さすがは異世界。まぁ、でもさ、二メートルクラスだと元の世界でも探せば見つかりそうな大きさだ。


 で、だ。


 カニだなぁ。


 カニだ。


 ……。


 この大きさを一人で食べるのは難しいか。いや、今の自分ならそれくらいは余裕で出来そうだが、まぁ、一人で食べるよりは、ね。


 となると、仕方ないなぁ。


 空腹だから、この場で足の一本くらいは味見をしてみたいところだが、まぁ、我慢だ、我慢。


 草紋の槍と大瓶、小瓶を回収する。そのままカニを抱え、森を走る。


 あの眼帯の女性にカニを振る舞うとしよう。

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