144 止まる

 適当に五匹ほど同じような魚を獲り、ナイフで下処理を行う。


 アジのような魚がスパスパと三枚におろされていく。うむ、良い切れ味のナイフだ。これ、草紋の槍よりも切れるよな。んで、魔石は……今回も無かったな。


 三枚におろした魚の切り身を梅酒でも浸けられそうなガラスの大瓶に突っ込む。まずは一つ、と。


 落とした魚の頭は――うん、これは入れないでおこう。頭の部分や内臓は浜辺に埋めて大地に還ってもらうことにする。

 残りの四匹も同じようにおろし、ガラスの大瓶に突っ込む。


 ……。


 瓶にはまだ余裕があるようだ。追加で三匹ほど魚を獲り、三枚におろして瓶に突っ込む。


 これでガラスの大瓶には八匹の魚が入ったことになる。


 さあて、ここからだ。


――[サモンヴァイン]――

――[ロゼット]――


 海を指定して草を生やす。そして、その枯れた葉っぱの上に転がった塩を回収する。うま味が豊富な塩の完成だ。ガンガン作ろう。


――[サモンヴァイン]――

――[ロゼット]――

――[サモンヴァイン]――

――[ロゼット]――


 何度も繰り返し、完成したそばから、その塩を魚の詰まったガラスの大瓶に突っ込む。

 日が暮れるまで作業を続け、やっと、ガラスの大瓶一杯になった魚の塩漬けが完成した。


 ……。


 これがやりたかったワケじゃあないんだがなぁ。夢中になって作業を行ってしまった。


 ガラスの大瓶に蓋をする。ま、まぁ、これで何日か放置すれば――いや、何ヶ月か。とにかく、それだけ放置すればほどよく発酵してほどよいものになるはずだ。それをこして綺麗な液体にすれば……魚醤の完成だな。漉す道具は――眼帯の女性に頼んでみよう。多分、何とかしてくれるだろう。


 魚醤。


 大豆が原料の醤油とは違い匂いも風味もキツいが、醤油と同じような使い方が出来るはずだ。これで料理の幅がかなり広がるな。


 まぁ、完成はかなり先になるんだけどさ。


 後は……。


――[サモンヴァイン]――

――[ロゼット]――

――[サモンヴァイン]――

――[ロゼット]――


 夜目が利くことを良いことに夜通し作業を続けて小瓶一杯まで塩を作る。もともと塩を作って瓶に保存しようと思っていたからね。こっちがメインだ。


 ……塩だなぁ。


 塩は良い。塩があれば、とりあえずどんな食材も食べられる味になるからな。


 いやぁ、火を扱わなくても塩が作れるとか、さすがは異世界。さすがは魔法。本来とは違う使い方なんだろうが、魔法があって良かったぜ。


 ……。


 まぁ、ロゼットなんて使い道が分からないようなゴミ魔法だったからな。まさか、こんな活用法があったなんてって感じだよなぁ、うん。まぁ、でもさ、これ以外の使い道、なさそうだけどさ。


 さて、と。


 今は何時くらいかな。


 五時、か。もう朝だ。本当に夢中になって作業をやってしまったなぁ。


 と、そうだ。せっかくだから、この塩もどきを鑑定してみるか。どう表示されるか、ちょっと楽しみだな。


 ……。


 ……って、ん?


 塩を鑑定してみようとタブレットを操作してみて気付く。


 レベルが上がっている!


 レベルが『17』だと? えーっと、確か、ちょっと前が『14』だったよな? 『3』も上がっている、だと。

 魚を獲っていたからレベルが上がった? いやいや、そうだとしても上がりすぎだろう。いや、もちろんレベルが上がることは嬉しいけどさ。でも、あの炎をまき散らすような虎を倒しても『1』しか上がらなかったのに、ちょっと数日、魚を獲っていただけで『3』も上がるか? おかしいだろ。

 これならずっと魚を獲り続けた方が、効率が良いじゃあないか。まぁ、もちろん、上がるのは最初だけで、だんだん上がりづらくなる、みたいな可能性もあるんだけどさ。


 にしても、なぁ。


 ま、まぁ、考えるのは後だ。レベルの上昇に伴ってBPも『3』に増えている。このBPをどうするか、だな。まずはこれだな。塩の鑑定は後回しだ。


 うーん。


 降って湧いたようなポイントだからなぁ。


 タイムを『2』から『3』に増やすってのも有りだよな。でもなぁ。『2』にしても秒数が分かるようになっただけだったからなぁ。さらに上げる価値があるとは思えないんだよな。


 時魔法を上げてみるか。それで、どんな魔法が増えるか確認してみよう。


 意を決して時魔法にBPを振ってみる。


 ……。


 ……。


 表示されたのは……。


 ん?


 増えた魔法は『ストップ』だ。


 タイムで次はストップか。ストップなぁ。まさか、時が止まる魔法か? いやいや、それは、そんなことが――あり得るのか。魔法がある世界だからな。あってもおかしくないのか。

 まぁ、使ってみれば分かるか。BPはまだ『2』も残っているからな。


 さらにストップへとBPを振り分ける。


 俺はストップの魔法を習得する。今回も特に頭が痛いとか、痛みを覚えるようなことはなく魔法を習得することが出来た。


 さて、と。これでストップの魔法は習得出来た。


 早速使ってみよう。


――[ストップ]――


 魔法の効果が発動する。


 一瞬にして世界が灰色に包まれる。さっきまでゆらゆらと揺らめいていた海面が、漂っていた風が、世界の動きが止まった。


 そう、世界が止まった。


 時が止まった。


 だが、俺も動くことが出来ない。


 見ること、思考することは出来るが、動けない。光も止まっているなら物が見えるのはおかしいはずだ。だが、視界だけは生きている。何故か見ることは出来る。灰色に止まった世界が見えているが、何も出来ない。


 ……。


 ……。


 げ、限界。限界だ。


 これ以上は無理だ。


 世界が動き出す。


 ぷはぁっと大きな息を吐き出す。


 ふうふぅ、はぁはぁ。


 確かに時が止まった。世界が止まった。


 だが、そこで俺は何も出来なかった。動けなかった。


 時を止めているのはまるで水中に潜るような、息を止めているような苦しさがあった。時を止めていられる時間は、呼吸を止めていられる時間と同じような感じだな。


 ふぅ、はぁはぁ。


 ……。


 時を止める魔法、か。


 凄いな。


 大魔法って感じだ。さすがは神域にあった魔石から手に入った魔法だ。


 うん、凄い。


 で、使い道は?


 使う本人も止まっていたら意味がないよなぁ。


 凄い魔法だけど、それだけだ。止まった時の中で動く方法があれば、凄いことになりそうだけどさ。現状ではお遊びでしかない。


 それに疲労が凄い。ほんの数秒、時間を止めただけなのに、自分の中の気力が、活力ががっつりと全て持って行かれたような感じだ。


 今日はもう何も出来そうにない。それだけの疲労だ。


 大きく深呼吸を行い、そのまま浜辺に倒れ込む。ちょっと眠ろう。不用心かもしれないが、この辺りで魔獣は見かけなかった。多分、大丈夫だろう。


 ああ、駄目だ、疲れた。


 もう、限界だ。

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