141 塩作り

 それから何日か海と工房の往復を繰り返すうちに、眼帯の女性とはそこそこ仲良くなった。


「味は美味しくないんだがね」

 眼帯の女性は皿をこちらへと突き出し、おかわりを要求している。

「えーっと、文句があるなら食べなくても良いですよ」


 はぁ。


 俺は大きくため息を吐き出す。


 プロキオンが戻って来る気配はない。なんだろうな、これ、もう、俺、間違いなくわざとこの里に放置されているよな。近くだから向かいましょう的な雰囲気だったのに、海を越えて飛び続けたからな。最初のその時点で疑うべきだったんだろうなぁ。

 いや、でもさ、帝とか言って、かなり慕ってくれているような、こちらを立ててくれるような雰囲気を出しているヤツがさー、こんなことをするとは思わないじゃあないか。


 あー、駄目だ。同じことをぐるぐると考えてしまう。


「おーい、聞いてるのかね」

「えーっと、はい、なんでしょうか」

「お前さんも、あの子らの食というものがどういうものか知ってると思うのだがね。勘弁して欲しいさね」

 あの子ら? ああ、魔人族の食べ物だな。


 さすがにアレよりはマシだとは思って貰えているようだ。まぁ、魚を焼くだけでも、元が良いのか結構、美味しいしな。


 でもなぁ。


 ……。


 自分だって分かってるさ。今の食生活が! 料理のレベルが! あまりにも酷いってさ!


 だが。


 そう、だが、だ。


「えーっと、調味料がないと、これ以上は――美味しいものを作るのは難しい気がします」

 そう、正直、厳しいんだよな。

「調味料? そうさねー、大陸の方に潜伏している子らに頼むってのもありなんだがね」

 大陸?

「是非、そうしてください」

 手に入るならそれが一番じゃん!


 ……。


 だが、眼帯の女性は肩を竦める。


「最近、忙しいのかこっちに戻ってこないのさね。戻ってこないから頼みようがないのさね」


 ……。


 思わず転けそうになる。なら言うなよって話だよな。あー、魔人族って人と戦争中みたいだしなぁ。まぁ、種族として数の居ない魔人族と『戦争』というのはおかしいのかもしれないけどさ。ゲリラ活動か? とにかく! なかなか戻ってこないのは、それで忙しいのかな。


 あー、プロキオン、戻ってこないかなぁ。


 ……。

 ……。


 現実逃避はこれくらいにして、と。


 塩でも作ってみるか。


 醤油や味噌は大豆がないと作れないし、作り方も分からない。ここに偶然、コショウや唐辛子などの香辛料が生えているとも思えない。


 となると、塩だな。


 後は森の魔獣を狩って、肉、か。豚骨スープならぬ、魔獣骨スープみたいな感じでさ。海の幸とそれでなんとかはなるんじゃあないだろうか。森の幸ならぬ、魔獣の幸は塩で味付けすればかなり変わるはずだ。


 うん、塩だな。


「えーっと、まぁ、少しは考えておきます」

「かなり考えて欲しいんだがね」

 まぁ、俺としても食事は美味しい方が良い。


 塩作り、頑張ってみよう。


 眼帯の女性に作って貰ったフライパンを片手に海を目指す。にしても、魔獣と出くわさないな。これだと魔獣の肉を手に入れるのも難しいんじゃあないだろうか。魔獣を狩るには、未だに出入りが禁止されている西の森の方へ行ってみないと駄目なのかもしれないな。


 海に着き、早速、フライパンに海水を入れ、火にかける。


 海水はすぐに蒸発する。そして、そのフライパンの表面には小さな焦げカスのような粉が残った。


 ……塩か。


 これは塩なのか?


 その粒は小さく、量も少ない。しかも焦げてしまっている。指で摘まむことすら出来ないほどのほんの数粒だ。


 ……。


 えーっと、これ、普通に料理で使えるほどの量を作ろうと思ったら、どれだけの回数が必要だ?


 朝から晩までフライパンで作り続けても一食分にもならないだろう。


 ……。


 指でさわり、舐めてみる。


 ……。


 ぺっ、ぺっ、うぇ、何これ。


 苦い。これ、焦げているから苦いってワケじゃあないよな。よーく味わってみれば、ほんのりと塩味はするから、塩なのは間違いないと思う。


 でも、塩って呼べる代物じゃあないよな。


 吐きそうなほど苦い。


 これで料理なんて考えられない。


 うーん、塩作りってこうやって海水を蒸発させて作るんじゃあないのか? 俺が知らないだけで何か間違っているのだろうか。


 量を作るなら寸胴みたいな鍋が必要になるだろうし、この苦みを取る方法も必要だろう。


 う、うーん。


 ……。


 ……。

 ……。


 あ!


 と、そこでとあることを思い出す。


 草魔法!


 草魔法だ。


 海中で草魔法を使うと生み出した草が白い粉をまき散らして枯れたよな? あの白い粉って、もしかして塩なんじゃあないか?


 可能性はある。


 試してみよう。


――[サモンヴァイン]――


 海中を指定して草を生み出す。生まれた草は白い粉をまき散らし枯れた。その白い粉もすぐに海水に溶けて消える。


 ……。


 と、当然だよなぁ。


 そうなるよなぁ。


 知ってた。


 う、うーん。まずは、この白い粉を溶けないように上手くゲットする方法を考えないと駄目か。


 なんだかなぁ。


 良い方法だと思ったんだが、遠回りしているような気分になるよ。まぁ、でもさ、海水を蒸発させただけでは塩にならないってことは分かったんだし、他の方法も――そうさ、出来ることを試してみるべきだよな。

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