140 ナイフ

 工房を出て海を目指す。


 目的地は海、うーみー。


 森を走り、ほどなくして海に辿り着いた。意外なことに魔獣とは出くわさなかった。魔人族が気配を消して移動するくらいなのだから、最低でも一回くらいは魔獣と遭遇するかと思っていたのだが――うん、これは意外だ。まぁ、森だけあって虫は多かったんだけどさ、虫は。虫、鬱陶しいよね。


 ……。


 さて、海だが……。


 今の自分の手荷物は片手鍋を突っ込んだ木籠。銛代わりに使う予定の草紋の槍――それだけだ。持ち物の少なさに微妙な気分になる。ま、まぁ、最初は何も無い状態からスタートしたんだ。草紋の槍が残っているだけ、まだマシだ。


 ……。


 で、海だな。


 魚を獲るのは決定として、他をどうするか、だよなぁ。


 片手鍋で出来そうな料理っていうと、うーん。俺、そこまで料理が得意ってワケじゃあないしなぁ。せめて、味噌とか醤油とかがあれば、まともな料理が出来そうなんだけどなぁ。調味料がゼロというのは難易度が高い、高すぎる。


 出来るとしたら塩味の鍋料理か。料理の経験値が多ければ、まだ色々と出来たかもしれないけど――って、あー、でも野菜がないのか。野菜もないのか! 野菜の代わりに草を生み出して……って、無いな。うん、無い。草の入った鍋料理を食べたいかって言われたら、無いよなぁ。あり得ないぜ。


 貝類とかカニとかエビがあればなぁ。良い出汁が取れるんだけどなぁ。茹でるだけでも美味いよな。仕方ない、海草で誤魔化してみるか。


 草紋の槍を持ち、海に入る。


 適当に魚を探す。


 居たッ!


――[サモンヴァイン]――


 泳いでいる魚を指定して草を生やす。突如、体に草が生えた魚は、すぐに腹を見せて動かなくなる。そして、今回も生えた草が白い粉をまき散らし枯れた。この現象はなんなんだろうな。っと、考えている場合じゃないな。


 動かなくなった魚を草紋の槍で貫く。同じことを二回ほど繰り返し、合計で三匹の魚をゲットしたところで浜辺に戻る。浜辺に置いておいた木籠に魚を突っ込む。


 海に戻り、次は海草を集める。草紋の槍で海底の岩盤にくっついている根っこの方を切り取る。うーん、こういう作業はナイフとかの方がやりやすいよなぁ。長物でやる作業じゃあないよな。


 その後、魚の内臓を取り出すなどの下ごしらえを行い、片手鍋に海水を入れる。海草と切り分けた魚、海水。材料はこれだけだ。


 ……。


 天然の味が生きているね!


 素材の味が生きているね!


 材料の入った片手鍋を持って工房へと走る。ちなみに捌いた魚からは魔石は出てこなかった。うーん、この辺りの魚から魔石が出てくる確率は低そうだ。


 森を抜け工房へ。これだけの距離を移動するなら蓋が欲しかったな。頼んでみるか。あー、後、深皿やスプーン、箸なんかも欲しいなぁ。


 欲しいものばかりだ。


 森から枯れ枝を集め、枠を組み、その中に草を生やして火を点ける。その上に片手鍋を置く。


 海水に火が通り、魚の良い匂いが漂う。


 ……。


 匂いは良い。


 でもさ、これを料理とは言いたくないなぁ。でも、それでも、魔人族の里の料理を冒涜する料理よりはマシか。


 魚を海草出汁で茹でている間に拾ってきた木の枝を草紋の槍で削り、箸のようなものを作る。そんなことをやっていると匂いに釣られたのか眼帯の女性がやって来た。


「何をしているのだね」

「箸を……あー、えーっと、料理を食べる道具を作ってます」


 木の枝を削って……って、やはり槍のような長物で削るのは難しいな。


「なるほど。食べるための道具なのだね」

 眼帯の女性が何やら感心したような様子で俺を見ている。そして、手をポンと叩いた。

「それなら良いものがあるさね」


 お?


 良いもの?


 スプーンとかフォークか?


 さすがに箸はないだろうから、まぁ、うん、スプーンでもフォークでもありがたいな。さすがに、それくらいは魔人族の里でも存在しているのか! って、馬鹿にしすぎか。


 眼帯の女性が工房に消え、そして、手に『それ』を持ってやって来た。


 ……。


 ん?


「えーっと、それは?」

「これを今回の料理の報酬としようさね」


 眼帯の女性が持ってきた『それ』は――ナイフだった。


 良く切れそうな手のひらサイズの刃を持ったナイフだ。


 って、そっちかよ!


 貰ったナイフを使ってスプーンと箸を作る。


 ……。


 ナイフは悔しいくらいに良く切れた。

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