139 片手鍋

「すぐに作るからね。そこで待ってるんだよ」

「えーっと、はい」

 眼帯の女性が部屋の奥へと歩いて行く。と、その途中で足を止める。

「それとだね」

「あ、えーっと、はい」

 なんだろう?


「置いてあるものには触るんじゃないよ。触るだけで命に関わる危険なものもあるんだからね」

 それだけ言うと眼帯の女性は部屋の奥に消えた。


 ……。


 へ?


 命に関わる?


 いやいや、そんな危険なものを普通に並べておくのかよ。あの炎が吹き出しているかのような槍……焔の槍だったか? の刃に触らないよう止めたのは危険だったからか?


 ……。


 へ、ここに並んでいるような武具ってそんな感じなのか?


 うーん、そうなってくると、ここに並んでいる武具が、さらに微妙に思えてくるなぁ。そういう扱いが危険な武器はさ、ちょっと問題があるよな。破壊力が凄いって感じでも、俺は、ちょーっと遠慮したいかな。まぁ、デメリットに目をつぶるほどのメリットがあるなら話は別だけどさ。


 ここに並んでいる完成品ではなく、まともな武具を頼んで作って貰った方が良いのかなぁ。オーダーメイドの方が凄い感じがするしね。ま、でも、武具は後回しだな。後回し。


 さて、と。


 とりあえずは大人しく待っていようかな。


 ……。


 この工房の建物、外から見る限り、かなりの広さがあるようだったけど、住んでいるのは、あの眼帯の女性だけなのかな。他に人が居るような気配は……ないな。最近、感覚が優れてきたのか、そういうのが分かるようになってきたんだよな。多分、間違いないだろう。


 一人で工房に住んで黙々と武具を作り続ける、か。謎な人だなぁ。


 ……。


 ……。

 ……。


 暇だ。


 暇つぶしがてら、並んでいるものを鑑定してみるか。


 まずは刺々しい盾を鑑定してみよう。


 ……。

 ……。



 名前:貫きのスパイクシールド

 品質:高品位

 魔鉱を使って鋭さを強化したスパイクシールド。


 おー、棘付きだからスパイクシールドなのかぁ。刺々しい感じの盾だから、何か特別な名前でもあるのかと思ったけど、そうでもないんだな。まぁ、でも、高品位なのはさすがというか……。


 それに魔鉱ってなんだ? この島でしか取れない特別な鉱石とかなのだろうか。


 なかなか面白い。


 次だな、次。


 今度は鈍く輝く金属鎧を鑑定してみるか。


 タブレットを鎧にかざす。そして、しばらく待つ。


 ……。


「待たせたね」

 と、そこで眼帯の女性が戻ってきた。思っていたよりもかなり早い。そんなにすぐ鍋とかフライパンが作れるものなのだろうか。

「あ、えーっと、お帰りなさい」

「ほら、これだね」

 眼帯の女性の手には持ち手つきの鉄の片手鍋が握られている。


 これ、部屋の奥に眠っていたものを持ってきたワケじゃあないよな? 


 ――眼帯の女性が持っている鍋は作りたてと分かるくらいに真新しいものだった。


「えーっと、その片手鍋、どうやって作ったんですか?」

「鍛冶士が弟子でもない相手に作り方を教えると思っているのかい」

 眼帯の女性がニヤリと笑う。


 ……。


 これ、多分、俺が知っているような作り方じゃあないよな。何か魔法的な力でぱぁーっと作ってるよな。じゃないと、すぐに作って持ってきたことが説明出来ない。


 ……。


 でも、外から見た、この建物、煙突があったんだよな。つまり、炉があるってことだよな?


 うーん、謎だ。


 緑の小さな魔石と交換で取っ手つきの鉄の鍋を受け取る。サイズはあまり大きくない。鍋部分の大きさは手のひらサイズだ。そして、この片手持ちの鍋は持ち手の部分まで全て鉄で作られている。これ、持ち手にまで熱がくるんじゃあないか。うーん、持ち手部分に布を巻くとかしないと使えないなぁ。

 鍋というにはあまり深くないので、使おうと思えばフライパン代わりとしても使えるか。いや、でもなぁ。


 俺のイメージとしては、鍋って言うと、こう、両手持ちの寸胴みたいなのを考えていたんだけどな。


「鍋を作ったんだから、料理を期待しているのさね」

 眼帯の女性は俺を見ている。とても、凄く、力のこもった目で見ている。切実な表情で俺を見ている。

「あ、はい。えーっと、調味料とかありますか?」

「工房にあると思うのかい?」

 質問に質問を返されてしまった。


 ……。


 ないと思います。


 魔人族の里にもないだろうなぁ。


 と、調味料以外にも問題があるな。


「えーっと、料理をするのはもちろん構わないんですが、持ってくる方法が……」

「ここでやれば良いさね」

 あー、はい。


 素材を持ってきて料理するか。


「えーっと、お皿とか」

「作っておくよ」

 あー、はい。


 ここで料理すること確定か。


 ……。


 ま、まぁ、これで鍋は――小さな片手鍋だが手に入った。他の調理道具は、まぁ、少しずつ頼んで作って貰うか。あまり大きなものを作って貰っても持ち運ぶのが大変だしなぁ。


 あー、くそ、背負い鞄を失ったのが悔やまれるなぁ。まぁ、その辺も追々なんとかしていこう。


 とりあえず、片手鍋も手に入ったし、魚を獲りに行きますか。

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