138 友好的

 眼帯に黒髪の鍛冶職人。


「ん? なんだい? 私の髪の色が気になるのかい? 黒い毛の獣だってそこらに居るんだ、珍しくないと思うんだがね」

 獣って。そりゃあ、確かに黒毛の魔獣は居たし、はじまりの町で見かけた猫人に黒毛の人は居たけどさ。いや、そうじゃなくて、俺が気になっているのは角が無いことなんだよな。

 それにさ、魔人族は黒髪じゃあないか。だから、別に黒髪が珍しいとは思えない。


 って、ん?


 もしかして、この眼帯の女性は魔人族じゃないのか? てっきり角を無くした魔人族の女性かと思ったが、そうなると、どういうことだ?


 ……。


 いや、まぁ、そこは気にすることでもないか。ここは異世界だからな。色々な種族が住んでいる、それで良いだろう。


 で、だ。


「えーっと、ここにある武具はあなたが?」

「そうさね」

 眼帯の女性がニヤリと笑う。


 ……。


 魔法の武具を作れる鍛冶職人!


 なるほど、そういうことなんだな。家とも呼べないような建物しか作れない魔人族がしっかりとした武器や防具を身につけているのは、この人が居るから、か。


 となると、色々と聞きたいな。


「えーっと、この武具が欲しい場合はどうしたら良いですか?」

 草紋の槍に不満があるワケじゃない。いや、物足りないって気持ちはあるけどさ。手持ちの武器が増えて困ることはないじゃあないか。


 鎧は……あまり必要としていないしなぁ。


「里の方と一緒だね。私が欲しいと思うものと交換さね」

 この眼帯の女性が欲しいと思うものと交換、か。

「えーっと、どういったものが欲しいんですか?」

 素直に聞いてみる。

「武具の素材となるような珍しい鉱石や魔石、後は……まぁ、それはいいさね」

 鉱石、か。これはちょっと難しいかなぁ。


 となると魔石か。今、俺が持っている魔石は魚から手に入れた小さな緑色の魔石くらいだ。これだと無理だよなぁ。


 一応、その小さな緑色の魔石を見せてみる。


「ほーう、確かに魔石さね」

 眼帯の女性は俺が取り出した魔石を見て、微笑んでいる。なんだろうな、小さな子どもを相手しているかのような……。

「えーっと、これだと……」

「ここでは珍しい魔石だと思うんだがね、その大きさはねぇ。それなら両手一杯の数は欲しいさね」

 ですよねー。


 知ってた。


 分かってた。


 もっと強い魔獣の魔石が必要、か。それこそ、あの空を飛んでいるワイバーン種くらいの強さの魔獣の魔石じゃないと駄目なんだろうなぁ。後はあのタイラントタイガーの魔石とか。


 ……。


 どうする? どうしよう。


 ここに並んでいる武具は魅力的だ。


 だが、そこまで必要というワケじゃない。


 そこだ。


 そうなんだよな。


 俺が欲しかったのはフライパンとか鍋とか、香辛料とかなんだよなぁ。刃物で欲しいのもナイフくらいだ。それも草紋の槍だと魚を捌くのに使い勝手が悪いからってだけだしなぁ。刃物は必須ってほどじゃあ無い。


 鍋、フライパン……。


 聞いてみるか。


 いや、でもなぁ、魔法の武具を作るような職人に鍋とかフライパンがありますか、作れますか? って聞くのはなぁ。馬鹿にするなって怒られそうな気がする。


 んー。


 まぁ、でも、聞くだけ聞いてみるか。怒られたら謝るってことで。


「えーっと、失礼なことを聞いても良いでしょうか?」

「んー、なんだい?」

 眼帯の女性はにこやかに微笑んでいる。んー、笑っているのが逆に怖いなぁ。突然、切れて怒られたらショックで倒れてしまいそうだ。


「えーっと、ここに鍋とかフライパンはありますか?」

「なんだ、と」

 眼帯の女性が見えている方の目を大きく見開き驚きの声を上げる。そして、よろよろとこちらへと歩き、俺の肩を強く掴む。


 ……怖い。


 も、もしかして、かなり怒らせてしまったか。せっかくの魔法の武具を作るような貴重な鍛冶職人に嫌われてしまったか!?


「えーっと、すいません」

「鍋やフライパンって、言ったのかい」

 無言で頷く。頷いている俺の体が強く揺すられる。


「それはつまり料理が出来るってことだね!」

「えーっと、簡単な料理なら」

 眼帯の女性が俺の肩から手を離し、天井へと拳を突き出している。えーっと、悔いがなくなった時にするポーズだよな。突然、どうしたんだ?


「ここに鍋やフライパンは無いさね」

 無いのか。まぁ、そりゃあ、そうだよな。

「今すぐに作るよ。うーん、さすがにロハは……うん、その魔石と交換さね。素材は鉄で良かったね?」

「えーっと、あ、はい」

 このちっぽけな魔石で作ってくれるなら、そりゃあもちろんオッケーだ。でも、鉄か。そうなると油が欲しくなるなぁ。食用油。まぁ、でも、今はそんな贅沢は言えないか。


「さっきの武具の話だがね、毎日料理した食事を持ってくるなら、それが美味しいなら考えるよ」

 ん?


 んん?


 んー!


 あ。


 気付いてしまった。


 この眼帯の女性って魔人族じゃあないんだよな。んで、魔人族は食事なんて口に入ったら同じみたいな感じだったよな。


 となると、この人、今までの食事は随分とキツかったんじゃあないか。


 あー、なるほどなぁ。


 となると、俺が料理を頑張れば――うん、これは何とかなる。


 この眼帯の女性とは友好的な関係が築けそうな気がする。

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