134 浮かぶ
魔人族の里に戻り、一応、自分の家として使う予定の建物へ向かう。建物? まぁ、正確には屋根があるだけマシってだけの『寝床』だよな。
「もし……」
と、そこに向かう途中で声をかけられる。
ん? 誰だ?
振り返ると、そこに居たのは魔人族の女性だった。知らない顔だ。いや、知っている顔の方が少ないから、それが普通か。
「えーっと、何でしょう?」
「その槍に刺さっているのは魚では?」
魔人族の女性は草紋の槍に刺さっている四匹の魚を見つめている。
「えーっと、はい、魚です」
何だろう。魚を獲るのは不味かったのだろうか。魔人族たちが海に近寄らないようにしていたのは何か理由があるのか? 何かの禁忌だとか、してはいけない案件なのだろうか。こうやって目立つように草紋の槍に魚を刺したまま歩くのは不味かっただろうか。
どうする、どうすれば良い?
この反応はどっちだ?
不味いのか?
良かったのか?
……。
……。
「その魚……」
「えーっと、魚……」
ゴクリ……。
……。
「何かと交換して貰えないだろうか」
……。
って、そっちかー。
良かった、良かった。
良かったどころか望み通りの展開だ。
「えーっと、はい。何が出せますか?」
「そうさねぇ」
俺の言葉を聞いた魔人族の女性が考え込んでいる。この魚の価値が分からないから、どれだけ望んで良いのか分からないな。うーん、とりあえずこちらから色々と欲しいものを言ってみるかな。自分が欲しいのは籠、フライパン、鍋、か。後はナイフとかか?
「何、魚?」
「魚だと? ちょっと待ってくれ」
と、そこに他の魔人族の女性が集まってくる。
ん?
んん?
「私も交換して欲しい。私なら鉄の矢を出せるぞ」
「何を! 私なら戦神の加護を付与できるぞ」
「私はマルイロスの毛皮を出せる」
「最初に話しかけたのは私です!」
お、おお?
魚は割と人気なのか?
だが、提示しているものを考えるとそこまで価値があるようには思えない。マルイロスって、あのリスもどきだよな? いくらでも狩れそうな魔獣の毛皮とか価値が低そうだぞ。どういうことだ? 俺からぼったくろうとしているのか?
「えーっと、ちなみに戦神の加護ってどういう効果なんでしょうか?」
「半日ほど力持ちになれる。狩りが捗ること間違いなしだ。どうだ?」
あー、そういう感じなのか。割と微妙かもしれない。力は有り余っているからなぁ。
「えーっと、皆さん魚を欲しがっているようですが、その割には価値が低いような気がするんですが、気のせいでしょうか?」
分からなければ聞いてみる。重要なことだな。まぁ、これで怒らせてしまったら台無しだけどな!
「ああ、外のものだから知らないのか」
「なるほど。それは当たるかどうか分からぬからだ」
当たる?
魚に当たり外れがあるのか?
「えーっと、何が当たるのでしょうか?」
聞いてみる。聞きたがりは嫌われるかもしれないが、分からないと交渉以前の話になってしまうからな。これは仕方ない。
「魔石だ」
え?
「え? えーっと、魔石が目的なんですか? 食べるのではなく?」
「何故、魚を食べる? 魚を食べるなんて気持ち悪い。わざわざ魚など食べなくても食べ物なら森で魔獣を狩ればいくらでも手に入るだろう?」
がーん、だ。
魚を食べないだと。勿体ない! 損しているよ!
人生、損をしているよ!
いや、それよりも、だ。
「えーっと、ご自分たちで魚を獲ったりはしないのですか?」
「せぬ」
「しない」
「それは難しいだろう」
……。
「えーっと、何故?」
俺の言葉を聞いた魔人族の女性たちが顔を見合わせ笑う。
「なるほど、私たちのことを知らぬのだな」
「私たちは人とは違い水に浮かないのだ」
「手段が無いワケではないが、そこまでするほどでもない」
「ええ。でも、魔石が手に入るなら欲しい」
う、うーん。
水に浮かないのか。確かにそれだと魚を獲るのは大変だろうなぁ。で、無理するほどではない、か。
何ともまぁ、微妙な感じだ。
って、ん?
魔石?
そういえば魚を捌いていた時に緑色に輝く米粒みたいな魔石を手に入れていたな。これか。これが欲しいのか。魔石自体――これなら割と良いものと交換して貰えるんじゃあないか?
魚の肉に興味が無いなら、肉はこちらで食べて、出てきた魔石を交換するって感じにすれば良い感じじゃあないだろうか。両方が得するよな。
……。
いや、駄目だな。確かに両方に特しかない。
だけど、だ。それじゃあ駄目だ。
魚料理の美味しさを魔人族に知ってもらう必要がある。そうすれば、魚の価値はもっと上がる。それも、ある。でも、単純にさ、魚料理に親しんできた世界から来た身としては、魚の評価が低いのは悲しいからね。
この魔人族の里で魚料理の美味しさを広めてやる。お節介だろう? 俺はワガママで身勝手だからな。頑張るぜ。
うん、そうだ。
魔石しか興味が無くて、魚の身をゴミ扱いしていたことを後悔させてやるぜ!
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