133 魚捕り

 もう一度海に入り、魚を探す。この海には魚の天敵になるような存在が居ないのか、その殆どに警戒心がない。近寄っても逃げ出さない。手を伸ばせば簡単に掴まえられそうだ。青い魚、白黒の縞模様のある魚、顎が丈夫そうな魚、色々な魚が泳いでいる。


 手を伸ばす。魚たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。


 ……。


 ……。


 いくら警戒心がなくても、掴まえようと手を伸ばせば、さすがに逃げ出すか。


 にしても、浜辺に近い場所でもこれか。海の深い方まで泳げば、もっともっと沢山の魚が泳いでそうだなぁ。魚だけではなく、貝や甲殻類などもゲット出来るかもしれない。


 ……。


 まぁ、いきなり浜辺から離れるのは危険か。いくら波が殆どないっていっても、全くないワケじゃあないからな。沖まで流されて島を見失ってしまうなんてことになったら洒落にならないからね。


 と、そこでお尻の辺りがムズムズしだした。見てみれば尻尾に魚が食いついている。


 ……。


 ホント、コイツら、俺の尻尾が大好きだよなぁ。尻尾という、前世の俺にはなかった部位だからか、噛まれるとムズムズする――というか、ちょっと気持ち悪いって感じだ。この感覚には慣れない。


 一生懸命に俺の尻尾に噛みついている魚たちを捕まえる。一匹、二匹……と、そこで両手が塞がってしまう。草紋の槍を脇に抱え持ち、両手に魚……泳ぐのも辛い状態だ。


 帰ろう。一度、浜辺に戻ろう。


 あー、これ、本気で籠が欲しいな。殆ど入れ食い状態で魚を獲ることが出来るのに、一匹、二匹獲った程度で浜辺に戻らないと駄目なのは、ちょっとなぁ。


 獲ってきた魚を最初の二匹と同じように草紋の槍で捌き、内臓を取って、焼く。


 焼いて食べる。


 もしゃもしゃ。


 うーん、脂がのってとても美味しい。最高だな。空腹だったから、特に美味しく感じるぜ。ただ、魚を四匹も食べると、さすがに喉が渇いてきたな。


 水は……無いな。うん、無い。


 うーん、これで近くに川でもあれば最高だったんだけどなぁ。体も服も海水に浸かってゴワゴワだし、髪なんか大変なことになりそうだ。


 水……。


 まぁ、魔人族の里で聞いてみるか。


 そろそろ日が落ちてもおかしくない時間だ。もう一回、魚を獲ったら魔人族の里に帰ろう。


 俺は草紋の槍を持ち海へ向かう。


 ……。


 と、魚を捌いたからか草紋の槍の刃が脂と血でベトベトだな。海水で洗うのも良いが、うん、そうだな。


――[サモンヴァイン]――


 草紋の槍の汚れを指定して草を生やす。草が生える。


 うん、生えたな。


 草を汚れごと抜く。うん、取れたな。汚れが取れた。


 ……。


 えー!?


 そういう使い方も有りなのか。根っこが刃の中にまで入ったらどうしよう、と少し不安だったが、汚れだけを指定したら、その汚れ部分だけに被さるような形で草が生えるんだものな。後は汚れごと草を取るだけとか……。


 いや、まぁ、色々と指定出来る魔法だったけどさ。草魔法を使いまくったからか精度が上がっているというか、かなり細かく狙えるようになっているよな。


 う、うーん。


 ま、まぁ、とにかく今は魚を獲ろう。日が暮れたら魔人族の里まで帰るのが大変だ。


 海に入り、魚の群を探す。発見。魚はすぐに見つかる。


 と、そうだ。少しだけ試してみたいことがあったんだよな。


 泳いでいる魚の一匹に狙いを定める。


――[サモンヴァイン]――


 そして、その魚に草を生やす。おー、海中でも問題無く草が生えた。うん、草だ! 海中だから気を利かせて海草になる、なんてことはないのか。まぁ、さすがに、それは草を生やすだけの魔法に期待しすぎか。


 ん?


 と、そこで魚に生えた草が白い粉をまき散らし枯れた。あれ? 何だか妙な反応だな。塩水に浸かったから起きた反応なのか? 海中で使ったのか問題なのか?


 いや、それよりも、だ。


 突如体に草が生えたことで上手く泳げなくなったのか魚が腹を見せて動かなくなっている。


 今がチャンスだ。


 手に持った草紋の槍で動かない魚を突く。サクッとな。あっさりと草紋の槍が魚を貫く。


 おー、楽勝で魚をゲットだ。これなら簡単に魚を獲ることが出来そうだ。


 いやぁ、草魔法、使えるな。いや、ホント、ただ草を生やすだけのショボい魔法なのにさ、微妙に役に立つのがね、腹が立つというか、何というか! 便利だけど認めたくない! みたいな感じなんだよね。


 その後、同じやり方で魚を三匹ほど草紋の槍に突き刺したところで浜辺へと戻ることにする。さすがに、これ以上、この槍に刺すのは無理だ。ここが限界だな。


 浜辺に戻り、体を振って水を飛ばす。


 ……うん、髪が洗いたいな。


 とりあえず魔人族の里に戻るか。四匹の魚を草紋の槍に突き刺したまま魔人族の里まで走る。魔獣の姿は――無いな。よく見れば草むらに、虫とか虫とか虫とか、虫とか! 色々と蠢くものは見えるが、うん、大丈夫だ。危険な生き物は居ないッ!


 そして、魔人族の里に着く。


 さあて、問題はこれからだ。


 わざわざ魚を余分に獲ったのは、この魔人族の里で交渉するためだ。食べ物と物品の交換は有りなんだよな?


 この魚でどれほどのものと交換出来るか分からないが、そこは交渉次第、か。


 欲しいのは……まずは水だな。次に籠か。籠があればもっと魚を獲ることが出来る。次に鍋とかフライパンとか調理器具って感じかなあ。まぁ、あれば、だけどさ。


 さあて、どうなることやら。


 これで魔人族は魚を食べない種族だったら――最悪だな。

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