131 海と魚

 海を目指す。


 海の場所は――どの方角へ向かうべきかは分かっている。空から島の全体図を見ているからね。この里からどちらへ向かえば良いのか、ある程度は分かるのさ。


 というワケでさっそく海を目指して歩く。方角は東南だ。その方角が海に一番近いはず。


 まぁ、東南っていうのは、さっきまで自分が居た森が西の森だから、その反対方向だから東だろうってだけなんだけどな。コンパスでもあれば話は違うんだけどさ。って、異世界だからコンパスがあっても、それが示している方角が正しいって保証もないのか。


 んー、でも、それなら西って言葉があるのはおかしくないか? 何か方角を知る方法でもあるのか? それとも俺の認識が間違っているのだろうか? 何か別の意味の言葉を方角だと認識してしまった? 俺の言語能力はスキルから得たものだからなぁ。


 ……。


 空を見る。太陽は頭上で輝き、眩しいくらいだ。


 ……あ。


 太陽か。


 そうだな。そうだよな。一番分かり易い方角を知る手段があったな。夜に星も見えるんだから、太陽と星で方角は分かるか。なるほどなー。当たり前すぎて忘れていたよ。うん、そうだよな。


 まぁ、とにかく東南に向かえば海に出るはずだ。いや、まぁ、島だから、どの方角でも海に辿り着けるんだろうけどさ。でもさ、それらは、山越えが必要だ、とか、遠回りする必要があるとか、一日で辿り着けそうにない距離だとか――他の方角は色々と問題があるから仕方ないね。


 東南の森に入る。


 里の他の魔人族に呼び止められることもなく、あっさりと森の中だ。まぁ、他の魔人族たちは俺の扱いに困っているだろうからな。声をかけるのも難しいのだろう。


 というわけで東南の森だ。


 こちらは木の生え具合が結構まばらだ。そこそこ見通しが良い。これなら道に迷うことなく海辺に辿り着けるだろう。


 ゆっくりと歩く速度を上げていく。そして、周囲の安全を確認しながら走る。


 魔獣の姿は見えない。それでも怪しい気配がないかの確認だけは怠らない。


 走る。


 そして森を抜ける。


 あっという間だ。


 眼前に広がる青い海。海だから青くて当然だな。


 ……いや、異世界だから青くない海があるかもしれない。元の世界だって青い海ばかりじゃあなかったはずだしさ。まぁ、とにかく、ここの海は青い海だ。


 波は殆どなく穏やかな海だ。うん、透き通っていて綺麗な海だな。


 海に近寄り、手で海水を掬ってみる。そのまま飲む。


 しょっぱい。


 塩味が効いている。


 そう、塩味だ。


 塩分だ。


 そう、塩だ!


 ……。


 何というか久しぶりに塩分を取った気がする。人の町の方でも薄味ばかりだったからさ、調味料が欲しかったんだよな。この魔人族の里は料理以前の食べ物しか出てこないし……。


 ただの海水で感動する日がくるとは思わなかったよ。


 この世界の人ってあまり塩味が好きじゃあないのかなぁ。それとも、海を知らないとか。


 ……さすがに、それはないか。塩はあったはずだしな。あー、でも岩塩って可能性もあるのか。うーん。海に近寄れない何かがあるのだろうか。


 もう一度、海水を掬って飲む。


 ごくり。


 塩味だ。うん、塩味だ。


 まぁ、あまり海水を飲み過ぎても喉が乾いて大変なことになるから、これ以上はやめておこう。


 ここに来た目的は海産物だ。


 海を食すッ!


 毒のある魚とか海藻とかあったらおしまいだけど、そこはまぁ、海に限ったことじゃないしさ。森に生えている植物やキノコ、野生の動物や魔獣だって毒持ちはいるかもしれない。そう、海に限ったことじゃあない。可能性は同じだ。


 さあ、魚を捕るぜ!


 良い具合に魚を突くのに適した槍を持っているしな。


 ……。


 ま、まぁ、草紋の槍さんは、自分は魚を突く銛じゃないのにって泣いているかもしれないけどさ。でも、他に道具がないからな、これは仕方ない。


 海は澄んでいる。


 これならゴーグルは必要無いだろう。


 ちらほらと魚や海草の姿が見える。浜辺に近いからか凶悪そうな生き物の姿は見えない。多分、海の魔獣みたいなのも普通に生息しているとは思うのだが、この辺りには居ないようだ。


 まぁ、ちょっとがっかりなような安心したような、そんな感じだな。


 草紋の槍を持ち海に入る。


 波も殆どなくて穏やかだし、これは泳ぎやすそうだ。


 潜る。


 泳ぐ。


 尻尾が振られて少し抵抗がある程度で普通に泳げる。いや、かなり泳ぎやすいぞ。怪力だからか、水を掻き分けて進むのが早い早い。これなら普通に魚を追いかけることが出来そうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る