128 隠れる

 集まった五つの気配のうちの一つが俺の前に出る。その気配から、すぅーっという感じで魔人族の女性が現れた。


「タイラントタイガーを倒したのか」

「えーっと、これを見ても信じられませんか?」

 俺は魔人族の女性に黄色に赤の縞々が入った魔石を突きつける。


「確かにタイラントタイガーの魔石だ。しかも、その大きさであればタイラントタイガーでも上位クラスであろう」

 魔人族の女性は驚いた様子で俺の方を見ている。


「えーっと、でも、タイラントタイガーはそこまで凶悪で厄介な魔獣じゃあないでしょう?」

 確かにタイラントタイガーは強かった。でも、この魔人族の女性が――魔人族が驚くほどの魔獣ではないはずだ。鑑定結果でも中層の魔獣となっていた。中層は中層でも、そこを支配している魔獣なのだから、雑魚ではないだろう。だが、あの山の周辺を飛んでいたワイバーン種より強いとは思えない。それを狩れる魔人族が驚くのはおかしい。


「確かに、な。厄介は厄介だが、それは森を焼くからだ。数人で挑めば苦労はせぬ。一人が牽制し、他の者で火の魔法を扱えば勝てる。だが、それを一人でやるとなると、この里でも出来るものは限られるだろう」

 魔人族の女性は俺を見ている。何処か値踏みしているかのような、そんな圧を感じる。今、初めて俺自身を見ているって感じだな。ホント、今更だな。プロキオンが紹介した時は俺のことなんて気にもしていなかったのか。


「なるほど。あの者が言ったことは間違いではなかったようだ」

 魔人族の女性が膝を折る。

「今までの無礼をお許しを。あなたは帝の意志を継ぐ者で間違いなかったようだ」

 意志を継ぐ? プロキオンは俺を帝自身みたいに扱っていたよな。俺を神と崇めるような、それくらいの崇拝ぶりだった。でも、何だろうな。この人のそれは少し違う感じがする。例えるなら偉大な先代が興した会社の二代目に対する態度というか、そんな感じだよな。もう少し様子を見ようというか、その系譜だからとりあえず従うというか。


「オオババ様、このような人もどきに頭を下げるなど!」

「混じりものを認めるなんて!」

 外野が騒がしい。居るのは分かっているんだからさ、まずは姿を見せろよな。

「だまらっしゃい! お前たちのような若い世代には分からぬだろうが、帝ということは、それだけでそれだけの重みがあるのだ」

 膝を折り控えていた魔人族の女性が声のした方へと向き直り、大きな声で叱りつける。これ、隠れている一人は、あの魔人族の少女で確定だよなぁ。俺のことが随分と気に入らないようだ。


 しかしまぁ、叱りつける、か。


 ……。


 パフォーマンスだな。自分が怒ることで俺に怒らせないようにしたのか。


「しかし……」

「魔のものが幼子のようにみっともなく喚くな。これ以上は里に戻ってから話すがよい」

 魔人族の女性が立ち上がる。む、背が高いな。見下されている気分だ。

「帝もそれでよろしいか」

「あ、えーっと、はい」


 姿を現した魔人族の女性と一緒に里を目指して森の中を進む。俺が迷わないようにわざと姿を見せてくれたのだろうか。


「ところで一つ聞いても良いだろうか」

「あー、えーっと、はい」

 走りながら魔人族の女性が話しかけてくる。木々の生い茂った森の中をすいすいと走り抜けていくのは、さすが、というか、追いかけるのが大変だ。


「何故、隠れていることに気付けたのか、それが分からぬのだ」

 隠れていた? ああ、驚いていたのはそれか。

「えーっと、なんとなくでしょうか」

 俺の少し前を走っていた魔人族の女性が転けそうになっている。


「いや、なんとなくで見破れるものではないと思うのだが。それに、これでも私は里で一番隠れるのが上手いのだが」

「えーっと、なんとなくとしか、上手く説明出来ません」

「しかし……」

 俺の頭の上の耳がピクピクと動き周囲で動いている魔人族の集団の気配を感知している。

「例えば、あちらとあちらに隠れていますよね」

「だから、何故分かるのだ」

 何故って聞かれてもなぁ。こう、ただ、そこに違和感があるというか、ホント、何となくとしか答えようがない。

「えーっと、気配というか、なんとなく、そこに居るのではという気配が感じられます」

 としか言いようが無い。


「なるほど。そういうことか」

 だが、何故か魔人族の女性は納得してくれた。


 うーん、何故、そこで納得してくれるんだ? なんとなくでは納得出来ないのに気配を感じるでは納得してくれるのか。


 うーん。


「く、オオババ様、もう少し早く帰りましょう」

 先頭を走っていた魔人族の女性の横にもう一人の魔人族が現れる。

「いや、このままの速度を維持だ」

 魔人族の女性は俺の方を見ている。あー、俺のために移動速度を落としてくれているのか。ここは格好よく、俺のことは気にするなって言いたいところだけどさ、正直、空腹でキツいからね。お腹が空きすぎて力が出ないんだよ。追いかけるので精一杯だから、まぁ、御言葉に甘えるだけさ。


 ……。


 ま、でもさ、最初の頃はこの体になれなくて歩くだけでも大変だったからな。それを考えれば今でも充分進歩しているよなぁ。


 その後も走り続け、そして森を抜ける。


 魔人族の里に到着だ。


 はぁ、大変な狩りになったなぁ。とりあえずお腹が空いたよ。

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