125 経験値

 虎はこちらを見ている。俺がゆっくりと動けば、その動きを追うように顔を動かす。


 どうする、どうする!?


 膠着状態にしびれを切らしたのか、虎が口を大きく開けていく。魔力が集まっていく。


 ……魔力?


 いや、今はそれよりも、だッ!


――[サモンヴァイン]――

――[サモンヴァイン]――


 虎の両目を狙い草を生やす……生や、生や、生やす?


 生えないッ!?


 俺が草を生やすために放った魔力が虎の前で霧散している。妨害された? 妨害されただとッ!


 や、ヤバいッ!


 魔法が無効化されたショックで反応が遅れる。


 虎が歯と歯をかみ合わせ溜めた魔力を爆発させ、そこから炎の渦が生まれる。俺は大きく飛び、転がり、何とか飛んできた炎を回避する。な、何とか回避したぞ。草と落ち葉と土にまみれながら上体を起こす。


 あっ!


 虎が大きく口を開け魔力を溜めている。は、早い。そんな連続で放てるものなのかよッ!


 回避出来ない。

 体を起こして飛び退いて――そんな暇があるかよッ!


 転がって出来る限り離れるか? 駄目だ。ここは草原じゃあないんだ。木々に囲まれ転がるのには不向きな落ち葉の地面――無理だ。


 虎の口に魔力が集まる。


 死ぬ。

 喰らったら死ぬ。


 こんな、こんなところで、こんなところでッ!


 俺はまた死ぬのか。

 殺されるのかッ!


 炎の渦が生まれる。


 せめてッ!


――[サモンヴァイン]――

――[サモンヴァイン]――

――[サモンヴァイン]――

――[サモンヴァイン]――

――[サモンヴァイン]――

――[サモンヴァイン]――

――[サモンヴァイン]――

――[サモンヴァイン]――

――[サモンヴァイン]――

――[サモンヴァイン]――

――[サモンヴァイン]――


 必死に草を生み出す。壁になるように草を生み出す。こんな草で炎が防げるとは思えない。それでも何もやらないよりはマシだ。


 炎が迫る。


 一瞬だ。時が止まったかのような錯覚の世界の中、俺はタブレットを見る。


 !


 レベルが上がっている。レベルが『13』に上がっているッ! 俺はタブレットを操作する。一瞬の判断。


 俺は両手を交差して身を守る。


 炎の渦が俺を飲み込む。体が焼ける。


「あが、がぁ」

 痛いよりも死ぬという思いが強くあふれる。何も考えられなくなる。


 俺にとって永遠に思えるほどの絶望――その一瞬が終わる。炎が消える。周囲を消し炭にして消える。


 ……。


 耐えきった。


 耐えきったぞッ!


 服はボロボロ、せっかく買った革鎧もズタボロだ。背負い鞄も……駄目だな――魔人族の少女を出し抜いて狩ったリスもどきごと消し炭になっている。


 ……。


 いや、生き残ったことを喜ぶべきだ。


 俺はタブレットを操作して火耐性を『2』上昇させた。とっさの判断だったが間違っていなかったようだ。これが無ければ死んでいた。


 レベルが上がっていなければ死んでいた。BPが手に入っていなければ死んでいた。


 リスもどき一匹でレベルが『2』も上がった? いや、違うだろう。リスもどきのレベルは『8』だった。弱そうな見た目の割りにレベルは高いが、それでも二つもレベルが上がるとは思えない。倒すとレベルが上がるラッキーモンスターだったという可能性は否定できないが、多分、違うだろうな。


 考えられるのは、あの魔人族の少女が狩った分も含まれている可能性。いや、もしかすると、この虎もどきが消し炭にした中に魔獣が混じっていた――それが含まれている可能性だ。


 レベルを上げるための経験値のようなものがあるのかどうか未だに分からないが、それがあると仮定して、もしかすると俺の周囲で死んだ魔獣は経験値として加算されているんじゃあないだろうか。ゲーム的に俺が倒したものだけだ、と勝手に思い込んでいたが、そうだよな、誰が倒したかどうかの判断なんてどうやってやるんだって話だものな。


 経験値のようなものを取得出来る、その範囲はかなり狭いものなのだろうけどさ、可能性としては、それが一番考えられる。


 でなければ二つもレベルが上がったことの説明が出来ない。


 ……。


 虎が大きく口を開けている。


 って、そうだった。まだ戦闘中だった。考えるのは後だ。


 俺は慌てて立ち上がる。耐性があるから喰らっても死なない――といっても、何度も喰らって良いものじゃあない。


 避けろッ!


 くそッ! このまま炎を吐かせまくって周囲の魔獣を殺させて経験値を稼ぐか? それをやれば俺の仮説が正しいか分かるはずだ。


 ……。


 いや、そんな余裕はないな。


 倒す。ここで倒す。


 幸いにも草紋の槍は無事だ。さすがは魔法武器。俺の攻撃は弾かれるが、これでやるしかない。


 虎が炎の渦を呼び出す。俺は炎をかいくぐり草紋の槍で突く。喰らっても死なないと分かれば大胆に行動できるようになる。まぁ、出来る限り喰らいたくないけどさ。


――[サモンヴァイン]――


 無効化されると分かっているがそれでも草魔法を放つ。目を、口を、耳を、体を、狙い放つ。


 戦いが続く。


 ……。


 草魔法を放っていると、偶に無効化されないことがある。無効化されない方が偶になのが最悪だな。って、そうじゃない、そうじゃない。


 無効化されない時があるのは何故だ?


 本当に偶々?


 んなワケあるか。


 考えろ、考えろ。


 炎の渦を生み出している時? いや、魔力を貯めている時に放っても無効化された。じゃあ、どのタイミングだ?


 俺は炎の渦を回避しながら草魔法を放ち続ける。


 ……。


――[サモンヴァイン]――


 発動したッ!


 ヤツが歯と歯をかみ合わせる瞬間。ヤツの魔法が発動する一瞬だ。この時だけは俺の魔法が通る。


 そう、ヤツが放っているのは魔法だ。こちらの魔法を霧散させて妨害するなど、コイツは魔法を知っている。


 コイツは魔力を集めて魔法を放っている。


 そして、俺は知っている。あの魔人族の少女が教えてくれた。魔力の妨害方法。今、それを発展させる。


 虎が大きく口を開け魔力を溜める。そして歯と歯をかみ合わせる。


 ここだッ!


――[スパーク]――


 虎が溜めた炎の魔力を点火させる。虎の口の中で魔力の炎が爆発する。虎は一瞬にして自身が生み出した炎に飲まれた。


 ……。


 出来た。


 予想通りッ!


 勝ったッ!


「お、お前の敗因は炎の魔法に頼りすぎたことだ」

 鋭い爪も牙もあったのに、その攻撃方法に頼りすぎた。まぁ、分かるよ。最強の攻撃方法だったんだろうからな、それ一本になるのも、な。


 そのおかげで勝てた。


 勝利できた。


 こいつ自身が炎に弱ったこと、魔力の流れが読めるようになっていたこと、そして、それを妨害する術を知っていたこと、火耐性を持っていたこと、色々と運が良かった。


 ……運が良くなければ勝てなかった。


 俺はその場に座り込む。


 もう限界だ。


 空腹も、肌が焼けるような痛みも、とにかく限界だ。


 この後、他の魔獣が現れたら……死ぬな。


 ああ、疲れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る