124 絶望感

 虎が槍を構えた俺の方を見ている。逃げた魔人族の少女はどうでも良いようだ。肉付きはあちらの方が良いから、俺よりも食い出はありそうなのにな。まぁ、でもさ、俺も最初の頃のガリガリよりは肉が付いたから、少しは改善しているはずだよね、うん。


 ……。


 ま、向こうを追わないのは単純に俺の方が厄介そうだと認めてくれているのかもな。


 草紋の槍を構えたままジリジリと虎の方へ近寄る。俺が動くと虎の頭が動く。俺から目を離さないようにしているな。完全に敵としてロックオンされている。


 槍の間合いは一メートルと少しくらいか。俺が腕を伸ばせば、もう少しくらいは間合いを広げることが出来るけどさ、そうすると力の入らない当てるだけの攻撃になってしまうからな。この距離……相手と触れるほどの距離で戦う短剣や剣に比べればマシなんだろうけど、それでも物足りなく感じてしまうな。弓って良いよなぁ。遠距離から一方的に攻撃出来る弓って便利だよなぁ。ホント、狩りに向いた武器だよ。特にさ、魔人族の少女みたいに必中で威力も高い魔法の矢みたいなのが使えたら便利だろうなぁ。


 ……。


 よく考えたら、俺が槍で虎の動きを牽制して、魔人族の少女に後方から魔法の矢で攻撃して貰った方が勝率は高かったんじゃあないか?


 ……。


 いや、リンゴならともかく、出会ったばかりの子と上手く連携出来るとは思えない。それに、だ。俺はそこまで、あの魔人族の少女を信用出来ない。逃げたあの魔人族の少女が本当に応援を呼んでくれるかどうかすら疑っているくらいだしな。


 虎が大きく口を開ける。魔力が集まっていく。


 ちっ。またそれかッ!


 虎がカチリと強く歯と歯をかみ合わせ、その衝撃によって炎の渦を飛ばす。俺は魔力の流れを読み、炎の渦を横に飛んで回避する。


 俺が先ほどまで立っていた場所が消し炭になっている。恐ろしい威力だ。


 森だけあって木は多いが、これだけの威力だと、その木の陰に隠れても無駄だろうな。木ごと消し炭にされて終わりだ。


 さて、どうする。


 俺の武器は草紋の槍だ。だが、槍の間合いに近寄るのは難しそうだ。今、まだ虎と離れた距離だから炎の渦の発動を見てから回避出来ているが、近くでは無理だろう。回避が間に合わない。


 木を消し炭にするような炎だぞ。喰らったら確実に死ぬ。


 それならばッ!


――[サモンヴァイン]――


 草を生やすだけだッ!


 虎の左目に草が生える。俺は駆ける。左目を潰し、死角となった右側へと駆ける。虎は突然、目に草が生えた痛みと衝撃で動きが止まっている。俺を追えていない。


 ここだッ!


 一気に間合いを詰める。


――《二段突き》――


 虎の右斜め下から首を狙って連続突きを放つ。


 ……。


 その連続突きが虎の皮膚によって弾かれる。


 って、弾かれたッ!?


 ヤバいッ!


 俺はとっさに後方へと飛び退き、転がるように逃げる。


 炎が生まれる。虎の周囲に炎が巻き起こる。


 危なかった。見えないから俺が居そうな場所に炎を放ったんだろうが、無茶苦茶だ。いや、何というか、見るからに恐ろしい爪や牙ではなく、あくまで炎で攻撃してくるってのが無茶苦茶だよな。異世界の魔獣らしいというか、うん。


 って、うん?


 虎が草の生えた左目を掻き毟る。おいおい、何をやっているんだ、そんなことをすれば目に傷が……え?


 掻き毟り、傷の付いた左目がしゅうしゅうと音を立てて再生し始めていた。なんだ、と。再生するのかよ。


 そして虎の左目は元通り。あっという間だ。数秒で再生とか、酷くないか。


 いやいや、それ、有りなのかよ。次は右目に草を生やして視界を奪ってやろうと思ったのにさ。再生するなら、あまり有効じゃあない。目とかに草を生やす――とても地味な草魔法の有効活用だと思ったのになぁ。まぁ、でも、一瞬くらいは視界を奪うことが出来るから、完全に無駄じゃあないけどさ。


 はぁ、せっかく魔法がある世界なんだから派手な攻撃魔法が欲しかったよ。こんな虎くらい一瞬で殺してしまうような、さ。何で俺の魔法は草なんて地味な魔法なんだよ。


 にしても、草紋の槍が弾かれたのは痛いな。俺の馬鹿力で無理矢理突っ込むことは出来るだろうけど、それをやると折れてしまう可能性があるからなぁ。


 うーん。


 これ、割と不味くないか。


 結構、詰んでるよな。


 槍は弾かれる。つまり武器が効かない。

 魔法は効果有り。でも、再生するから決め手にはならない。


 俺の手札は草紋の槍、草魔法、火燐魔法、時魔法くらいか。まぁ、時魔法は今何時か分かるだけの魔法だから除外するとして……うーん。


 草魔法……サモンヴァイン、グロウ、シード、ロゼット。

 火燐魔法……スパーク。


 ろくな魔法がない。酷すぎる。


 ホント、酷いよな。


 こんなのゲームで言えば最初のダンジョンに挑むくらいの戦力じゃあないか。


 虎はこちらを警戒しているのか頭を低くしてグルルと唸るだけで動かない。


 ……。


 これ、下手に動いたら襲いかかってくる感じだな。


 ……。


 虎とにらみ合ったまま時間が過ぎていく。


 と、そうだ。このにらみ合いを利用して鑑定しよう。もしかすると、鑑定結果に、この状況を打破するヒントがあるかもしれない。


 ゆっくりと虎を刺激しないようにタブレットをかざす。


 ……。


 ……。

 ……。

 ……。


 俺は虎から視線を外さないようにタブレットを確認する。



 タイラントタイガー

 レベル:32

 深域の森の中層を支配する暴君。炎の魔法を得意とするが自身に炎の耐性はない。


 は?


 おいッ! ふざけんな。レベル『32』って何だよ。一気に強くなりすぎだろうが。そりゃあさ、ゲームじゃないから、弱い敵から順番に出てくるワケじゃないって分かるよ、分かるけどさ。これは酷すぎだろ。


 絶望感が増したぞ。


 あー、でも、ヒントはあったか。炎耐性がないのかー、そうかー。って、俺は炎の魔法なんて使えないってぇのッ!


 ここで火でも起こして火事にして燃やせば倒せるのか? そんな隙があるかよ。炎の魔法が使える魔法使いでも仲間に居れば、俺が槍で牽制して倒すことも出来たんだろうなぁ。


 ……無い物ねだりをしても駄目か。


 このまま膠着状態が続けば、もしかすると魔人族の応援が来るかもしれない。そこまで粘るのも手だ。


 だが、来ない可能性だってある。


 考えろ、考えろ。


 勝つ方法を考えろッ!

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