123 遭遇戦

 草紋の槍に貫かれたリスもどきが大きく暴れ、槍から抜け出そうとする。俺の今のこの体の怪力でも押さえるのがやっとか、くそ、まだまだ元気一杯だな。あの魔人族の少女の魔法の矢で一撃だから弱いかと思ったが、そうでもないようだ。それだけ、あの魔法の矢の威力が高いってことか。


 リスもどきの予想外の力に槍が震え、俺の手から離れそうになる。俺はとっさにリスもどきを蹴り、草紋の槍を引き抜く。リスもどきは大きく開いた体の穴から大量の血を流し、睨むような目で俺を見ている。


 悪かったな。今、楽にしてやる。


――《二段突き》――


 残像の一つがリスもどきに躱される。だが、もう一つの残像がリスもどきを貫く。そして、その一撃でリスもどきは動かなくなった。筋肉をピクピクと痙攣させるだけだ。倒したッ!


 やっとか。


 うーん、大苦戦とは言わないけど、少し苦労したな。しっかりとレベル『8』相当の強さだったということなのだろうか。


「えーっと、これは自分が狩猟した獲物ってことで良いよね?」

「むぅ。でも、ぐちゃぐちゃ」

 魔人族の少女は少しふてくされたような顔で俺を見ている。


 ……。


 ぐちゃぐちゃ、か。あー、確かにその通りだ。草紋の槍で何度か貫いたからな。この魔人族の少女のように一撃で倒したワケじゃあない。ぐちゃぐちゃになるのも当然だ。だけどまぁ、多分、焼けば食べられるだろう。うん、きっと大丈夫だ。貴重な食料だ。


 ぐちゃぐちゃになったリスもどきの耳を持ち背負い鞄に突っ込む。やっと食料が手に入った。いくら大きめとはいえ、リスもどきが一匹。とても、これだけでお腹いっぱいになるとは思えない。


 どうする? もう少し狩るか?


 ……。


 いや、止めておこう。


 今は空腹で力が出ない。リスもどきの力に負けそうなくらいだもんな。丸一日何も食べずに寝ていたような状況だから仕方ない、か。お腹を満たしてから狩りの続きをしよう。


「あれ、どうやったの!」

 魔人族の少女がこちらへと近寄り話しかけてくる。


 あれ?


「えーっと、あれって何のこと?」

「さっきの。魔力が途絶えた」


 あー。魔力に魔力をぶつけて流れを途絶えさせたことか。出来るかも、と思ってやってみただけだから、何とも言えないなぁ。今回、使ったのは草魔法だったが、魔力の流れを途絶えさせるだけだから、正直、使う魔法は何でも良かったのではないだろうか。


 魔力に魔力をぶつけて流れを止めた――とまぁ、聞きたいのはそういうことだろう。


 でも、だ。


「えーっと、教えないよ」

 教えない。だってさ、俺は、この魔人族の少女に散々邪魔されたんだぜ。それをなんで素直に教えないと駄目なんだよ。それに、だ。種を明かしたことによって通用しなくなったらどうするんだ。


 俺はまだ、このぐちゃぐちゃのリスもどきしか手に入れていないんだぞ。今後、この魔人族の少女が俺の狩りの邪魔しないって保証をしてくれるなら教えるけどさ。そうじゃあないだろう。


「むぅ。むぅ、むぅ、むぅ」

 魔人族の少女が頬を膨らませている。おー、おー、悔しそうだな。こうしてみると、ホント、子どもなんだけどなぁ。いや、それだけじゃあないな。行動も態度も子どもらしい子どもだ。子どもだからこその考え無しの意地悪なんだろうしなぁ。


「えーっと、意地悪するような人には教えない」

「意地悪するような『人』じゃない」

 意地悪するような子どもじゃん。


 って、ん?


 俺たちがそんな言い合いをしている時だった。


 俺は、その気配を察知する。


 とっさに駆け、飛ぶ。魔人族の少女を押し倒すように飛ぶ。そのすぐ上を炎の渦が駆け抜ける。

「な、なに? この!」

 魔人族の少女が暴れる。俺は魔人族の少女の頭を押さえながら顔を上げる。炎の渦は周囲の草木を一瞬にして消し炭へと変えている。


 炎?


 しかし、木に炎が燃え移っていないのはどうしてだ? 一瞬で消し炭に変えるほどの火力だから? いやいや、そうだとしても、だ。


 ……。


 って、炎はいい。いや、良くはないが、それよりも、だ。


 この炎は明らかに俺を、俺たちを狙っていた。


「な、な、な、な、な」

 魔人族の少女が驚きの声を上げている。


 そして、森の草を掻き分け、黄色い毛並みの虎が現れた。いや、虎だから黄色であっているのか? 大きさも普通に元の世界の虎と同じだな。特別大きくなく、小さい訳でも無い。


 ……。


 普通に虎じゃん。


 ……。


 って、虎!?


 普通に虎じゃん!


 いやいや、虎とか、喰われる、喰われる。って、いやいや、普通に魔獣が存在する世界で今更虎程度を恐れてどうするんだよ。


「タイラントタイガー!」

 魔人族の少女が叫ぶ。暴君の虎? やっぱり虎なのか?


 その少女の叫び声が聞こえたからか虎がこちらを見る。


 虎に気付かれた。


 その虎が大きく口を開ける。うん? 襲いかかってくるんじゃあないのか? そして気付く。虎の口に魔力の流れが集まっている。魔力が渦巻いている。


 赤い炎の塊のような魔力。


 何だ!?


 虎が口を閉じる。歯と歯が噛み合わさりカチンという音が響く。虎の口に集まっていた赤い魔力が弾け渦が生まれる。


 渦は――


 炎の渦が飛ぶ。


 俺はとっさに魔人族の少女を抱えて横に飛ぶ。転がるように飛び、炎の渦を避ける。


 あ、危ねぇ。これが炎の正体か。魔力? 魔法を操る虎の魔獣かよ。


「森の奥の魔獣が何で、こんな場所まで……」

 抱えている魔人族の少女の声が震えている。コイツが森の奥の魔獣、か。


 確かにかなり凶悪な魔獣のようだ。

「里の連中なら勝てるのか?」

 魔人族の少女がゆっくりと頷く。まぁ、魔人族は山の上で飛んでたワイバーン種を雑魚って言うような強さの種族なんだから、虎程度の魔獣は余裕なんだろう。というか余裕であってくれないと困る。この子がまだ子どもだから恐れる程度ってことだろうな。


「急いで里に戻って応援を呼んで来てくれ」

「お前は……」

「自分はここでコイツの足止めをする」

「でも……」

「この森を知ってるのは君だけだろ。自分だと助けを呼ぶにしても迷う。いいから、行けッ!」


 魔人族の少女が俺の言葉に小さく頷き駆ける。


 さあて、突然の大物だが、頑張るか。


 この程度の魔獣でやられるようなら、この世界で生きていけないだろうからな。まぁ、炎の渦の威力は恐ろしいが喰らわなければ大丈夫だ。幸いにも燃え広がるような力は持っていないようだからな。避けるだけなら何とかなる。


 俺は草紋の槍を構える。


 さあ、虎狩りだッ!

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