121 第一歩

 売られた喧嘩は買ってやる。


 俺はキョロキョロと周囲を見回し魔獣を探す。食べられる魔獣かどうかは、この際、後回しだ。この魔人族の少女よりも先に魔獣を狩ってやる。


 居た。


 木の枝の上にリスもどき。ちょっと、位置が高いな。このままだと草紋の槍では届きそうにない。魔人族の少女が持っている弓の方が有利な場所だ。


 だがッ!


 高い位置だけあって、魔人族の少女は気付いていない――見えていないッ!


 俺は駆ける。そして、そのまま木に取り付き、這い上がる。よし、矢は飛んでこない。気付かれていない。


 リスのような魔獣は木を這い上がってくる俺という存在に気付き、体をビクッと震わせ動かなくなっている。


 よし、このまま草紋の槍で貫いてやる。


 俺は木を足で挟んだ状態で槍を構え――そこに矢が飛ぶ。


 矢がリスもどきを貫く。


 ……。


 ……。


 ……。


 ふ、ふ、ふ、ふ、ふざけんな!


 俺は木から飛び降りる。

「えーっと、おい、他人の獲物を横取りするのは、さすがにナシだろ」

 魔人族の少女は俺を見て首を傾げている。

「まだ手を出していない。だから、私の方が先。私の獲物」

 おいおい、ふざけんな。


 どう見ても俺が狙っていたのが分かっていて横取りしたじゃあないか。


 俺が届かない範囲の遠距離からパスパスとさー。いるよなー、オンラインゲームでもこういうヤツ。遠距離なのを良いことに人の獲物を奪って、先に手をつけたとか言うヤツさ。


 あー、腹が立つ。


 これがオンラインゲームならまだ許せた。相手が見えないから怒っても仕方ないしな。変なのに絡まれたと愚痴るだけだ。


 だが、目の前で、空腹という生死に関わることで、こんなにも分かり易い形でやられるのが、こんなにも、こんなにも、こんなにもッ!


 腹が立つなんてッ!


 あー、もう、目で見ただけで殺すような力を持っていたら思わず殺しちゃってるよ。それくらい腹が立ってるってぇの。


 何、コイツ。


 俺さ、言いたくないが、今の見た目は少女だぞ。小さな女の子だぞ。場合によっちゃあ保護されてないと駄目な感じの少女だぞ。痩せ細ってて、さすがに美少女と呼ぶには無理がある容姿だが、これからの成長次第では美少女になるかもしれない、そんな少女なんだぞ。


 それを相手に、なんで、こんな酷いことが出来るんだ!?


 普通、出来ないだろッ!


 ……。


 いや、違うのか。


 なまじ同じ年齢くらいの姿形をした少女だから、か。そういえば、コイツ、叔父様とか言ってプロキオンに懐いていたもんな。そのプロキオンが俺に傅いているのが面白くない、か。


 結局、最初に思ったとおり、最初にこの少女から受けた印象の通りに、それが正解なんだろうな。


 そう、結局、そこに行き着く。


 その結果がどうなるか分からないんだろうな。子どもだから分からない。


 はぁ。


 何ともまぁ。プロキオンもさ、もう少し考えろっての。この子をよく見ていればこうなることくらい分かるだろうが。って、分からないのか。分からない結果がこれか。

 多分、この子がプロキオンを思っているほど、プロキオンはこの子を気にかけていないのだろう。どうでも良いくらいの存在なのだろう。


 それ故、か。


 そう思うと、少しだけ、この少女が哀れに思えた。


 ま、まぁ、それで少しは溜飲が下がったけどさ、でも、俺の空腹は解消されていない。


 俺はこのクソガキを出し抜いて食料を得なければならない。


 ホント、手っ取り早いのは、このクソガキに、俺がプロキオンにやったような形で目や口にでも草を生やして、そこらの地面に転がしておくことだろうな。だがまぁ、それは止めておく。


 クソガキ相手にそれは大人げないからだ。


 どうせなら、コイツが悔しがるような方法で出し抜きたいからなッ!


 にしても、俺が狙った獲物を確実にかっ攫うとかどんな腕前だよ。ムカつくクソガキだが弓の腕前だけは確かなようだ。他の魔人族もそうなのだろうか。それとも、このクソガキだけが特別なのか?


 って、あれ?


 そこで俺はリスもどきに刺さった矢がおかしいことに気付く。


 矢羽根が付いていない。ちょっと待て、ちょっと待て。


 改めて矢を見る。


 矢羽根がないのはもちろん、鏃もない。よく見れば、それはただの先が尖った木の棒だった。


 いや、待て、これはどういうことだ?


 俺は、確かに、矢を見ていた。飛んできたのは矢だった。矢だったよな? こんな先が尖っただけの木の棒じゃあないぞ。


 どういうことだ?


 いつ、すり替わった?


 リスもどきに刺さった瞬間、矢が木の棒に変わったのか?


 いやいや、何だ、それは。何のためにそんなことをする必要があるんだ?


 どういうことだ、どういうことだ?


 俺は得意気な顔でこちらを見ている少女を見る。


 矢筒。見れば腰に小さな矢筒がくっついている。その矢筒の中に入っているのは――木の棒だ。矢羽根なんて無い、ただの棒だ。


 何で矢筒に木の棒が入っているんだ?


 この少女はただの木の棒を矢に番えて、それを百発百中の命中力で、魔獣を貫通するほどの威力を出して、て、おいおい、神業過ぎるだろ、それは。


 何だ?


 俺は何か見落としているのか?


 よ、よし。


 ここは次の魔獣を探し、それを狙う振りをして様子を見よう。このクソガキは何かをやっている。それを見破ってやる。


 知ること。


 それが相手を出し抜くための第一歩だ。

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