114 空の旅

「では、帝よ。お乗りください」

 飛来してきた巨大な鳥が頭を下げる。まるで遠慮無く乗れと言っているかのようだ。何だかとても賢そうな感じだな。

「あ、えーっと、うむ」

 だが、どうやって乗ったら良いか分からない。これ、掴むところもないよな。羽を掴んでも良いのか? 抜けないか? 鞍もないし、馬じゃあないからか当然、鐙もない。


 俺が困っていると魔人族のプロキオンが俺の体をひょいと持ち上げて鳥の首の辺りに座らせてくれた。おー、まるで子ども扱いだ。いや、まぁ、俺の大きさ的には子ども扱いで間違っていないのだが、これはこれで、ちょっと恥ずかしいな。


「では、行きます」

 俺の後ろにプロキオンが座る。俺が落ちないように支えてくれるようだ。


 そして、大きな鳥が翼を広げ飛び立つ。


 お、お、おう、飛んだ。飛んだぞ。近くだと羽ばたきの音が結構うるさい。それに風が、風で髪が舞い上がる。ぐわんぐわんだ。


「あ、む、む」

 俺の後ろに座っているプロキオンはぐわんぐわんと舞っている髪が少し邪魔そうだ。何だかすいません。


 ぐんぐんと高度が上がっていく。


 夜の暗闇の中を巨大な鳥が空へと飛び上がっていく。


 おー、凄い。


 高い。


 た、高いなぁ。


 俺の目は夜の闇の中でも見通すことが出来る。地上が――豆粒だ。かなりの高さまで上がっているのが分かる。


 そして雲を抜ける。雲よりも高く、か。


 月が近い。大きく巨大な月が見える。この世界にも月はある。


 あー、結構、肌寒いな。雲の上は寒い。風もキツい。マントがボロボロでなければ――マントが無事だったならなぁ。


「あ、えーっと、これ、落ちたら大変なことになりませんか?」

「私が帝を落とすことはないでしょう。それにです。その時はコハクがすぐに拾い上げるでしょう」

「えーっと、コハクですか?」

「ああ、帝よ。申し訳ありません、この子の名前です」

 この大きな鳥の名前がコハク、か。


 魔人族のプロキオンが鳥の体を優しく撫でている。とても仲が良さそうだ。ま、まぁ、空から落ちて大変なことになることはなさそうだ。プロキオンが俺を殺そうとしない限りは、ね。


 もしかして、俺がプロキオンを崖から叩き落とした時に生きていたのは、この大きな鳥、コハクが助けたからだろうか。


 あー、俺、プロキオンを崖から叩き落としているんだよなぁ。そうだよなぁ。


「あ、えーっと、すいません」

「帝よ、どうしたのです」

「いや、俺は敵対していたとはいえ、プロキオンの目に草を生やして崖から突き落としたじゃあないですか」

「あれは見事な魔法の使い方でしたよ。完全に不意を突かれました」

 プロキオンは笑っている。それはこちらを称賛する笑いだ。


「あ、えーっと、目とか口とか喉とか大丈夫ですか?」

「ええ。少し魔力を使いましたが、もう大丈夫です、ね。あの程度ならば回復のポーションでも治るでしょう」

 回復のポーション? 何だ、その便利アイテムは。

「えーっと、回復のポーションとは怪我とか傷を治すものですか?」

「ええ。その通りです。なるほど、帝はそれすら忘れているのです、ね」

 忘れている? つまり、一般常識ということなのか? でも、町では見かけなかったよな? 俺が見つけられなかっただけか? 回復効果のある草はあった。だから、間違いなくポーションもあるのだろう。そういえばヒールポーションの材料になるって説明があったな。でも、門番の犬頭の怪我はすぐに治ってなかったよな? そんな便利に治せるなら、治していてもおかしくないよな? 回復のポーションとヒールポーションでは性能が違うのだろうか。


 うーん、もしかして、はじまりの町だから、なのか? その可能性はあり得るな。回復のポーションの数が少ない、扱っていない、回復魔法を使える人が貴重、そういった可能性はある。


「えーっと、プロキオンは回復魔法が使えるのですか?」

 振り返りプロキオンの方を見る。

「回復魔法?」

 プロキオンは首を傾げていた。回復魔法が通じていない? いや、でも魔力で回復したと言っていたよな。何か違うのか?


「どう説明すれば……魔力を使い元に戻すことが出来る、でしょうか。これは上位の魔獣や人もどきでも扱える方法ですよ」

 魔力を使って再生するってことか? 怪我や傷も治せる? そういえばリンゴが大猪にやられた時、瀕死の重傷だと思っていたのが時間をかけて治っていったよな? そういう力のことなのか?


「帝よ。あの草の魔法の使い方は見事でしたが、あくまで不意打ちだったからということを知って欲しいです、ね。弱い魔法を無効化するもの、跳ね返すもの、その程度の傷ならすぐ元に戻してしまうもの、そういった存在がいるのですよ」

 アレは不意打ちだったから効いた?


 ……。


 俺が思っているよりもかなりギリギリの勝利だったのだろうか。


「えーっと、もし、もし、ですよ、今、自分がプロキオンと敵対したままで、同じように魔法を使ったらどうなりますか?」

「私は跳ね返すでしょう。使う種が分かっていて魔力の流れが読めるなら難しいことではないです、ね。あの時、私がなったような状態に、そのまま帝がなっていたでしょう」


 ひ、ひえぇー。


 塔の中でいきなり草魔法を使わなくて良かった。使っていたらカウンターで酷いことになっていたのか。


 いやはや、敵対しなくて良かったよ。


 もし、あの時、そのまま戦っていたら負けていたかもしれない。


 このプロキオン、強さの桁が違うんだよなぁ。あの狼少女も強かったが、それを圧倒するほどの強さだ。もうプロキオン一人で王都くらいなら殲滅出来るんじゃあないかって強さだしさ。


 ホント、戦闘にならなくて良かったよ。


「帝よ」

「あ、えーっと、はい」

「このまま話を続けても良いのですが、そろそろお休みになってはどうでしょう? その間に隠れ里には……」

 あー、今は深夜だもんな。子どもは寝る――寝ている時間だ。まぁ、俺は子どもじゃあないんだけどね。


 しかし、ここでそれを勧めるというのはどういうことだ? 俺に隠れ里の場所を知られたくないからか?


 う、うーむ。


「いえ、えーっと、このまま起きています。もう少し、空の景色を見ていたいです」

「分かりました」

 プロキオンは納得してくれる。


 あ、えーっと、そうでもないのか。


 素直に好意からか。うーん、この変わりよう――ちょっと変わり過ぎな気がするなぁ。


 それだけ、プロキオンの中で『帝』とやらの存在が大きいのか。


 そして、夜が明ける頃、魔人族の里が見えてきた。

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