113 帰り道

「一度、隠れ里に戻るのがよろしいかと思います」

 隠れ里?


 魔人族が隠れ住んでいる里か? 言葉の意味は分かる。分かるけどさ。


 いやいや、俺はその隠れ里を知らないのですが。当たり前に一緒に戻ることになっているのはどういうことだ?


 いや、まぁ、特に目的があるわけじゃあないから、別に良いけどさ。


「えーっと、それは、ここから近いのでしょうか?」

「遠いかと思われます」

 そっかー、遠いのか。遠いのかぁ。


 そうなると少し考えてしまうな。


 魔人族って人と敵対しているんだろう? このまま一緒に居ると俺まで敵だと認識されてしまうよな。このままなし崩し的に仲良くなって一緒に居て良いのだろうか?


 うーん。


 これはある意味分岐点かもしれない。


 ここでどうするかが俺の運命を決める。そんな気がしてならない。


 さあ、どうする?


 俺はどうすれば良い?


 ……。


 はぁ、考えるだけ無駄、か。


 魔人族は人と敵対している。だが、それだけだ。敵対しているからといって悪とは限らない。


 そうだ。俺は魔人族を知らない。


 結局、そこに帰ってくるんだよなぁ。同じことをぐーるぐーるとずっと考えている。が、考えるだけ無駄だ。考えたって答えは出ない。となれば行くしかない、か。俺は知る必要がある。俺はこの世界を知らなすぎる。


「えーっと、その隠れ里は遠いということですが、何日くらいかかりますか?」

「それほどかからないと思います」


 ん? 遠いのにそれほどかからない? どういうことだ?


 ……。


 アレか? 魔法的な力で移動するのか? ワープ的な!


 おー、おー、凄いぞ。ちょっとワクワクするな。


「えーっと、では、一緒に行きます。案内をお願いします」

「分かりました。ですが、その前に出口までの案内をお願いしたいです」


 あー、そういえば、まずはこの神域から出ないと駄目なのか。ここまで案内してくれた光は俺に反応していた。だから、帰りも俺が、か。


 そうだな、全ては外に出てからだ。


 俺は――俺とプロキオンはゴーレムの保管されている部屋を出る。それに合わせて通路に光が灯る。来た時と同じように帰り道を教えてくれるようだ。


 俺たちは光に導かれるまま通路を進む。


「えーっと、これ、他の道はどうなっているんでしょうね。もしかするとゴーレムを動かすコアとやらがあるかもしれませんよ」

「確かにその可能性はあるでしょう」

 そうだ、俺はこの神域の全てを探索したワケじゃあない。宝がざっくざっくの宝物庫や燃料がおいてある保管庫みたいなものだってあるかもしれない。


「えーっと、それなら……」

 だが、プロキオンは首を横に振る。

「探索するのはもっと仲間を集めてからの方が良いでしょう。どんな危険があるのか分からない今はやめるべきでしょう」

 そう……なのか?


 あのゴーレムの保管された玉座の部屋までの道だって危険がある可能性はゼロだったワケじゃあない。この神域が悪意に満ちていて騙すつもりだったら、この導きの光が罠だったら……その可能性だってあったはずだ。そっちはオッケーでこっちは駄目って、うーん、何処だって危険は存在する可能性はあると思うんだけどなぁ。


 ……。


 まぁ、人の多い方が安全性が高まるのはその通りだ。その中には、こういった遺跡? の探索のプロとかがいるのかもしれないしな。


 とりあえず後回しにしよう。


 しばらく歩き続け最初の部屋に戻ってくる。タブレットを見る。時刻は『02:22』になっていた。あー、二時間も歩いていたのか。ワザと遠回りさせられたのでなければ、かなりの広さだ。大きな遊園地やテーマパークくらいの広さはあるだろう。


 俺は部屋の中央にある台座の上にタブレットをのせる。最初の時と同じようにタブレットが綺麗に収まり、俺の視界が光に包まれる。


 世界が光に包まれる。


 俺の体があの塔へと送られているのだろう。これ、転送装置的なものではなく、エレベーター的なものなのだろうな。俺を覆っている光は衝撃などから体を守るためのものじゃあないだろうか。


 ……。


 にしても、だ。


 ノアと名乗った謎の少女は塔に向かえと言っていた。早めに塔に行くことをおすすめする、だったかな? 旅が楽になるとも言っていたよな。


 ……。


 楽になったか?


 タブレットに時計機能が加わって少しだけ楽になった、か。う、うーん、でも、凄く微妙な気がする。


 ……。


 あ!


 この塔は俺にしか見えない。もしかして、もう一つの方、か。魔法協会の連中が向かったと思われる、皆が見えている方の塔、そちらのことか。


 そうだよな。どう考えてもそうじゃあないか。


 となると、そっちも行った方が良いのか。うーん、どうなんだろうな。でも、あの良く分からない力を持った少女の言葉だからなぁ。行ってみる価値はありそうなんだよなぁ。


 ま、まぁ、それは今度、暇を見て、にしよう。


 光が消える。


 台座にはまっていたタブレットがくるりと回転し、持ち上がる。台座からタブレットを返して貰う。


 帰ってきたな。


 プロキオンと二人で通路を歩き用意されている紐を伝って塔の外に出る。うーん、この道って本来の道順とは違うよな。空調用の配管を無理矢理通っている感じだよな。正面から出入り出来ないのだろうか。


 いや、そもそも、この塔って俺にしか見えなかったんだよな? 魔人族のプロキオンにはどう見えているのだろうか? 普通に紐を伝って降りていたよな?


 何も無い空中から紐がぶら下がって見えているのか?


「えーっと、プロキオンにはこの塔が見えないんですよね。紐が浮いているように見えるんですか?」

 プロキオンが少し驚いた顔でこちらを見る。

「あ、いえ、それは遠くからでしょう。触れることが出来るほどの近くなら私でも見えるのですよ」

 あー、そうなのか。


 見えないのはあくまでカモフラージュ的な感じなのか。なるほど。それなら偶然見つけた人物が居てもおかしくない、か。紐を取り付けた人物もそうなのだろう。だが、中を探索して、何も無くて帰ったんだろうな。神域に向かうには俺が持っているタブレットが必要だ。その人物がタブレットを持っていたとは思えない。


 そういうこと、か。


「それでは隠れ里まで向かいましょう」

 プロキオンが指をパチンと鳴らし、何も無い空間から笛のようなものを取り出す。


 それに口を当てる。って、笛だな。笛だ。


 だが、音が出ない。


 音が出ていない。


 音の出ない笛? 人には聞こえない音域で音が出ているのか? いや、でも、それなら半分獣人の俺なら聞こえても良さそうな感じだけどなぁ。


 もしかして音じゃないのか。ここは魔法のある世界だ。魔力的な何かが流れているのか?


 そして、それはやって来た。


「お、お、おう!」

 思わず声が出る。


 それは巨大な鳥だ。人の一人や二人は乗せて運べそうな大きさの鳥だ。もしかして、これか! これが移動手段!


 俺が期待していたものと違う。だが、俺は、ワクワクしている。


 コレに乗って空を移動? ファンタジーしている。うぉぉ、凄いじゃん。


 まさに異世界だ。


 凄い、凄いぜ!

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