108 魔人族

 この魔人族が俺への態度を変えたのは偽りでなかったようだ。


 これはチャンスだ。


 今のうちに聞けるだけ話を聞いておこう。


 だが、その前に、だ。


「あ、えーっと、実は自分は記憶がないのです。気がついたら焼き滅ぼされた廃墟にぽつんと一人で居まして……」

 まずは色々と常識外のことを聞いてしまうかもしれないコトへの言い訳だな。で、だ。

「それで変なことを、ちょっと常識から外れたことを聞くかもしれませんが、色々と聞いても良いですか? それと水と食料があれば分けて欲しいです」

「なんと、それは!」

 魔人族が驚きの声を上げるとすぐに指をパチンと鳴らす。


 するとどうだろう。


 俺の目の前に果物が落ちてきた。リンゴのような果物、パイナップルのような果物、椰子の実のような果物だ。

 俺は慌てて落ちてきた果物を拾う。


「えーっと、これは?」

「食べ物です、ね。体に活力を、喉の渇きが癒されるでしょう」

 この魔人族が用意してくれたもののようだ。


 ……。


 今、何をした? 指をパチンと鳴らしたら何も無い空間から果物が落ちてきたよな? これは……。


「えーっと、もしゃもしゃ、これは、もしゃもしゃ、指を鳴らしたのは……魔法ですか?」

 ありがたく果物をいただきながら質問する。

「ええ、魔法です、ね。指を鳴らしたのはそれを発動の鍵としているからです、ね」

 ほんのりと甘くて美味しい。疲れた体に甘いものは最高だなぁ。

「もしゃもしゃ、えーっと、これは魔法で生み出した果物ですか?」

「いいえ、これは私の空間魔法で保管していたものです、ね」

 空間魔法? 何じゃそりゃ。そんな便利な魔法があるのか。俺の草魔法とは大違いな便利さだ。


「もしゃもしゃ、えーっと、もしゃもしゃ、凄い魔法ですね」

「な、なかなかの食べっぷりです、ね。追加は必要ですか?」

「あ、はい。お願いします。便利な魔法ですね」

 俺は断らないぜ! ホント、お腹が空いていたからね。いくらでも入るのさー。


 追加の果物が降ってくる。リンゴのような果物だ。うん、悪くない。でも、さすがに果物ばかりじゃあなくて他の食べ物も欲しいところだ。だが、うん、この魔人族、もしかすると果物しか食べない種族かもしれないしなぁ。肉が食いたい、とか、そこまで図々しくお願いするのはどうだろうな。さっきまで敵だった相手だし、そこはちょっと、うん、まぁ、とりあえず、この果物をありがたくいただこう。


「ええ。確かに便利ですよ。私が追跡に選ばれたのも、この空間魔法が使えるからですね」

 へー。確かにそれは追跡向きだ。荷物を持たなくても良いんだからな。だから、あの崖で出会った時、何も荷物を持っていなかったのか。こんなところで、あの時の謎が解けるなんてな。


「もちろん欠点もありますよ。空間に保管していても荷物の重さは殆ど変わらないのです。しかも保管している間は魔力がすり減っていくのですから、ね」

 へ?


 それって意外と微妙じゃあないか。


 重さがなくなる訳じゃあないのか。となると自分が力持ちでもない限りは沢山の荷物を運ぶことは出来ないよな? 兵站問題が解決だぜーとはならない訳だ。しかも魔力を消費? 魔力って魔法を使う時の活力みたいなものだよな? それはどうなんだ? うーん。


 メリットは荷物を持たなくて良いから手が空くってコト――邪魔にならないってコトか? まぁ、鞄を持ち歩かなくても良いのは便利か。それにどうやって運んだら良いのか分からないような魔獣の死骸なんかも、持ち運べるだけの筋力があれば簡単に運べるってコトだよな。


 ……本人が力持ちなら意外と便利なのか?


「私たちはヤツらと違い魔力が豊富なので少々すり減ったところで困らないですからね。非常に便利な魔法ですよ」

 魔人族は何処か得意気だ。多分、この空間魔法とやらは魔人族の中でも希少な魔法なのだろう。最初、ちょっと微妙かなぁっと思ったが、確かに便利そうだもんな。


 んで、だ。


 お腹もそこそこ膨れてきたし、休憩が出来た。改めて話を聞こう。


「それで、この神域を目指していた理由は何でしょう?」

「ここにあるという女神の秘宝を探しに来たからですよ」

 女神の秘宝? 何だ? ここって神とかが実際に存在している世界なのだろうか? はじまりの町や王都では宗教的な話は聞かなかったような気がするなぁ。


「それは何でしょう?」

「分かりません」

 わ、分からないのか。分からないものを探しに来たのか。


「ですが、ですね、それは私たち魔のものの現状を打破してくれるはずですから、ね」

 魔人族の現状を打破? また良く分からない話だ。


 ホント、状況に置いてけぼりにされているなぁ。


「えーっと、魔のものの現状ってどういうことですか?」

「なるほど。そこから説明が必要です、ね。私たち魔のもののと、帝が一緒に居た人もどきは敵対しています。失礼、不快と思われるかもしれませんが、帝が一緒に居た者たちを人もどきと呼ぶことをお許しください」

 んー。人もどきと呼ぶ、か。それはこの魔人族の中で譲れないコトなのか。敵対している相手だから、なのか?


「えーっと、何故、人もどきなのですか?」

「人ではないからです。人の叡智を奪い、人の真似事をしている偽りの者たちだからです」

 人ではない? 確かに、獣人とか、角が生えているとか、尻尾が生えているとか、人らしい人の姿をしている種族は殆ど見かけなかった。見かけたのは魔法協会のおっさんやローブの男くらいか。


 でも、姿形は違っても人だったと思うんだけどなぁ。


 まぁ、それは言っても仕方ないか。この雰囲気だと平行線になるだけだろう。


「えーっと、それでそれが?」

「そうです、ね。これでも私たちはヤツらを許し、見逃し、関わらないようにしてきたのですよ。ですが、ヤツらは私たちを排除するため禁忌に手を出しました」

「禁忌ですか?」

「ええ。私たちを滅ぼすためのイケニエを召喚したのですから、ね!」

 ん?


「私たちは私たちのために力を求めて、この神域に、女神の秘宝が必要だったのですよ」


 んー。


 魔人族は人を無視していた? だけど、人が、その魔人族を滅ぼすために何かすっごい力のものを召喚した? それを知ってヤバいとなった魔人族が対抗するために力を求めて、この神域を目指した?


 んー。まとめるとそんな感じか?


 話だけ聞いていると人が悪くて魔人族が被害者みたいな感じに思えてくるなぁ。


 でも、それは多分、魔人族側からの言い分だからだろうな。


 鵜呑みにするのは不味い。


 まぁ、とりあえず、だ。


「えーっと、分かりました。それじゃあ、少し休憩したら、その女神の秘宝とやらを探しに行きましょうか」

 だな。


 まずは女神の秘宝とやらを見てみよう。

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