105 沈黙の塔
ヤツの赤い瞳が復活している。俺が草魔法で潰したはずなのに、綺麗に元通りだ。何をしたんだ? 崖から落ちたのに生きていたことも驚きだ。まぁ、レベルが上がっていなかったことで生きているとは思ったけどさ。でも、こんな万全の状態で現れるとは思わなかったよ。
「えーっと、あの時の魔人族だよな? 傷をどうやって治したんだ?」
「ええ、大変でしたよ。かなりの魔力を消費しましたから、ね」
魔力を消費した? 魔法で治したのか? そんな魔法があるのか? 魔法で怪我が治るとか、ホント、異世界は凄いな。そんな力が元の世界にあったら、医者は失業してしまうだろうな。
で、だ。
こいつは、何か言っていたよな?
確か、えーっと……。
「えーっと、真の塔? 真の塔ってどういう意味です?」
「白々しいことを言うものです、ね」
白々しい? 何やら勘違いされているようだな。まぁ、なんとなく意味は分かる。ここは魔法協会が目指していた本来の塔じゃあないのだろう。そう考えれば、誰もいないことの説明が出来るしな。
見えている塔を目指して一直線に進んだだけだが、何らかの偶然で本来は辿り着けない(または見えない)この塔に辿り着くことが出来たのだろう。なんとなく、それは分かる。
分かるけどさ、それじゃあ、困るんだよ。
つまり、ここには誰もいないってコトだよな? 居るのは俺と敵対している魔人族だけ。これってかなりヤバくないか? くそ、どうする?
とりあえず会話を続けて隙を伺おう。チャンスはあるはずだ。
「えーっと、この塔は……いや、この台座は何なんだ?」
行き止まりにある、謎の台座。これにこの魔人族が求めているもののヒントがありそうだ。
「台座? 何を言っているのですか、ね。それよりも、ですよ。鍵を渡しなさい。この塔を起動するための鍵を差し出せば、命だけは奪わないであげましょうか、ね」
命は助ける、か。これって命だけは助けてくれるって、パターンだよな。目潰しして崖から突き落とした相手を許すとは思えない。命は助けてくれるが、死んだ方がマシな目に遭うってパターンだよなぁ。
「えーっと、鍵、あー、鍵、ね。鍵はちょっと王都の方に忘れてしまって……」
「鍵はあの町にも、外れの町にもありませんでした、ね。嘘をついても分かりますよ。ここ数日、あなたを観察していましたから、ね。追っ手を警戒してか、わざとらしいほど特異な行動を繰り返し、注意を逸らそうとしていました、ね。しかし、この私は騙されませんよ!」
観察?
特異な行動?
「その子どものような姿も偽りでしょう。人形を使って人を気取るとはお前たちらしい悪趣味ですよ。しかも、鍵を奪うために襲った半人の姿を偽るとは何処までも愚劣です、ね」
ん?
「えーっと、ちょっと待て、ちょっと待て。この俺の姿は偽りじゃあないぞ」
まぁ、俺の体か、と言われるとちょっと自信はないけどさ。でも、偽った姿じゃあない。何で、こんなことになっているか俺自身分からないが、俺のタマシイ的なものが、この子の体に――死体に入り込んだものだと思っている。偽りと言われれば、そうかもしれない。でも、だ。うん、こいつが言うようなことのために姿を偽っているワケじゃあない。
「何を。騙されませんよ。半人でありながら魔法を使ったのがその証拠でしょう。姿を偽り、こちらの油断を誘うとは何処までも卑劣で卑怯です、ね」
魔人族は俺を憎しみの籠もった目で見ている。
「いや、えーっと、だから……」
「魔獣の死骸に噛みついたり、血をすすって見せたり、その体が本物であれば行わないような所業です。お前たちの良く分からない実験でしょうが、それを私は見ていたのですよ」
……。
ん?
って、こ、こいつ!
「見ていたのなら、助けろよ!」
俺は思わず叫ぶ。叫んでいた。いや、だってそうだろうが。このクソ野郎は俺が死にそうな状況で――死に物狂いで旅を続けていたのを見ていたんだぞ。見ていて助けてくれなかったんだぞ。それを奇行だと観察していた? ふざけんな。
「助けろ? あなたは何を言っているのですか、ね」
「何を? えーっと、つまり、だ。言葉通りだよ。俺は、な! 初めての旅で、準備不足で、死にかけて、それでも必死だったんだよ! それを実験? 特異な行動? ふざけんな! 生き延びるために必死だったことを、そんな風に言うな! 俺はお前らの確執なんて知らないし、この塔のことも、鍵とやらも知らない。ふざけんな、ふざけんな!」
突然、こんな異世界で目が覚めて、それでも頑張って、必死に生きてきて、それで、何だ?
何だ、これは。
王都の連中はこちらを見下している馬鹿ばかりだったし、コイツは、コイツで変な勘違いをして俺にいちゃもんをつけてくる馬鹿野郎だし、何なんだよ!
この世界は何なんだよ!
ふざけんな。
俺は俺が魔法を使える理由だって分からない。いや、多分、このタブレットだろう。俺が持っているタブレットが原因なのだろう。ああ、そうさ。教えてやる。
「俺が魔法が使える理由? 半分の子の俺が魔法を使える理由はこれだ!」
俺は魔人族の目の前にタブレットを突きつける。
俺の勢いに圧されたのか、魔人族がちょっと困ったような顔で後退る。
「これ? これとは、何のことですか、ね」
「見えないのか? このタブレットのことだ」
魔人族は先ほどまでの憎しみの籠もった顔から困惑へと変わっている。
「あなたは何を言っているのですか、ね」
「タブレットだよ、タブレット。これが見えないのかよ」
「その、――とやらは何のことですか?」
魔人族が俺の分からない言葉で喋る。魔人語じゃない? 何だ? 獣人語とも辺境語とも違う。よく聞き取れない言葉だ。
「タブレットだよ、タブレット」
「その――?」
……。
まさか……。
「まさか、これが見えないのか? 本当に見えないのか?」
俺はタブレットを何度もかざす、突きつける。
だが、この魔人族は困ったような顔をするばかりだ。
……見えていない。
コイツには見えていない。
まさか、魔人族にはタブレットが見えないのか? いや、それとも……。
「タブレットが見えないの……か」
そもそも、このタブレットは何なんだ? 俺がこの世界で目覚めた時、傍らに落ちていた。
……偶然、か?
いや、どういうことだ?
考えるのが恐ろしい。
「先ほどから台座がここにあるとか、良く分からない単語を喋るとか、狂っているのですか、ね」
台座。
そう、この部屋の中央には台座がある。こんな堂々とした台座が見えない訳がない。
だが、コイツには見えていない。
どういうことだ?
俺は改めて台座を見る。
台座の中央には四角いくぼみがあった。それは、何かをはめ込むことが出来そうなサイズのくぼみだ。
四角いくぼみ……?
俺は手元のタブレットを見る。同じようなサイズだ。
ま、まさか。まさかな?
「な、何をしているのですか、ね」
俺は魔人族の言葉を無視して台座へと近寄る。そして、そのくぼみにタブレットをはめ込む。
ぴったりだ。
くぼみにタブレットが収まる。
何だ?
何なんだ!?
そして、次の瞬間――
世界は光に包まれた。
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