102 外周

 塔だ。


 俺の目の前に塔が広がっている。そう、言葉通り広がっている。この塔、端が見えない。


 塔の近くになると目の前に壁があるようにしか見えなくなる。どんだけデカい塔なんだ。本当に大きい。


 壁が迫ってくるようだ。


 歩く。


 どんどん壁が迫ってくる。苔やツタが這っていてもおかしくない古さと風格を持っているのに、そういったことが一切ない。遠くからでは良く分からなかったが黒い金属のようなものを素材として建てられているようだ。そして、気のせいかほんのりと青く光っている。この塔、近くで見ると異質だ。こんな色だっただろうか? 遠くからでは影のようになっていて色が分からなかったらなぁ。


 上を見る。雲を突き抜け、さらに空へと伸びている。上が――頂上が見えない。この塔は何処まで大きいんだ。そりゃあ、何処からでも塔が見えるよな。


 歩く。塔を見上げながら歩く。


 ん?


 足元に違和感を覚え見上げていた視線を下げる。


 草の生い茂っていた大地が、岩肌のような――剥き出しの姿に変わっている。まるで線を引いたかのように塔の周辺だけ草が生えていない。


 何だ? 塔に大地のエネルギーを吸い取られているというか、そんな感じに見える。どういうことだ? そもそも、この塔は何なんだ?

 これだけ大きな建造物がある世界。尋常ではない技術力だと思う。いや、だって、雲を突き抜けるような、端が見えないほどの巨大な塔だぞ。こんなの普通じゃあないだろう。

 いや、それも気になるが、こんな巨大な塔が建てられるほどの土地が余っているコトも気になるな。そうだよ。巨大な塔が建てられるほどの技術力があるはずなのに、開拓が進んでいない。土地が余っている。


 王都で見た姿――発展度とこの塔の技術が噛み合ってない気がする。


 人が少ないから、なのか?


 少ない理由――魔獣が居るから、か? そうなのか?


 土地を開拓しようにも魔獣が居るから広げることが出来ない。生活圏が限られてしまう――うーん、どうなのだろう。


 分からない。分からない。


 岩肌のような剥き出しの大地を歩き、塔の麓を目指す。


 ……。


 そして、すぐに塔の麓へと辿り着く。


 良く分からない金属で作られた塔の壁に触れる。ひんやりと冷たい。


 軽く叩いてみる。硬い。軽く叩いただけなのに手が痛いくらいだ。巨大な塔を支える金属だものな。これくらい硬くて当然か。


 で、だ。


 肝心の塔に辿り着いたのは良いが人の姿がない。見えない。てっきり塔の前に村でもあるかと思っていたのだが、いや、それが無いにしても先行しているだろう魔法協会の連中がキャンプでもしているかと思っていたのだが……どういうことだ? 俺の考えが甘かったのだろうか?

 馬車を使っている連中の方が先に着くだろうとは考えていた。そして、その考えは間違っていない、はずだ。じゃあ、連中はもう帰ってしまったのか? そうは思わない。


 魔法協会の依頼の内容は、忘れられた塔の魔獣退治だ。この世界の何処からでも見えるくらい巨大な塔の魔獣退治が――清掃依頼が、一日二日で終わるとは思えない。俺が歩きで何日もかけたとしても最短距離を歩いたんだ、そこまで日数に差が出たとは思えない。


 魔法的な早さで王都からこの塔まで、一日で到着して、さらに当日中に清掃が終わる? あり得ない。いくら魔法があるような世界でも、さすがにそんなことはないだろう。


 となるとどういうことだ?


 よく考えよう。


 俺は道なき道を進んだ。


 あの魔法協会のお偉いさんは高速の馬車で向かうと言っていたよな? つまり、ここまでの道があるということだ。本来は道を通って塔に向かうってことだろう?


 そして、俺が今居る場所に道らしきものは無い。この塔は信じられないほど巨大だ。それこそ町一個収まるほどの巨大さだろう。


 つまり、だ。場所が違うのではないだろうか。


 俺は塔の壁に手を着き、歩く。塔を一周するように歩く。一周するだけでも一日二日はかかりそうな巨大な塔だ。普通にあり得るだろう。


 しかし、ここからさらに歩くのか。塔に辿り着いたのに、さらに歩くのか。


 ……。


 いや、頑張ろう。後少しだ。


 塔に辿り着いたことで緩みそうになっていた気持ちを引き締める。


 歩く。


 岩肌を――枯れた大地を踏みしめ歩く。


 塔をまわる。右回りに歩く。


 ……。


 これ、何も考えずに右回りに歩いているけどさ、逆方向だったってことは無いよな? それは考えたくないなぁ。


 歩く。


 歩く。


 そして、変化が現れる。塔周辺の岩肌が段差になっている。そのままだと進むことが出来ない。大回りするように歩く。


 日が暮れ、野営を行い、眠る。


 空腹に目が回りそうになるが草を食べて我慢する。


 夜明けとともに起き出し、歩く。


 歩く。

 歩く。


 まだまだ歩く。


 俺もかなり我慢強いよな。こんなにも歩き続けるのだからさ。まぁ、ここでもう歩けないって投げ出しても野垂れ死ぬだけだ。これくらいは我慢のうちに入らないか。


 歩く。


 そして、見えてくる。


 そう見えた。

 ついに見えた。


 テントだ。


 そう、テントだ!


 感動で前が見えなくなりそうだ。


 だって、テントだぞ。人が居るってことだ。これで助かった。これで命を繋ぐことが出来る。


 やっとだ。


 やっと、本当に辿り着いた。


 俺はやりきったッ!


 走る。

 駆け出す。


 足が勝手に動く。


 そして、気付く。


 ……。


 人の気配が……無い。


 テントだ。


 そう、テントだ。


 いくつものテントが並んでいる。


 だが、そこに人の影はない。無人だ。


 はは、どういうことだよ!


 これはどういうことだよ!

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