101 到着

 草紋の槍がサベージウルフを貫く。それだけでサベージウルフは動かなくなった。


 現れる魔獣はこの狼くらいか。いや、途中で蝶の魔獣は現れたが、それくらいだろう。にしても、だ。この狼の魔獣、最初の時だけは集団に遭遇したが、それ以降は、単独でしか現れない。群で行動するはずじゃあなかったのか? 群からはぐれた個体とだけ遭遇している感じなのだろうか。


 最初の時のように寝ている間に襲われても嫌なので、見つけたら狩るだけ狩っている。


 この狼、周囲の気配を探るのが苦手なのか、自分の方が先に発見することが多い。遠くから隠れて近づき、向こうがこちらに気付いた瞬間には、一気に間合いを詰め、草紋の槍で貫く。苦労することなく倒すことが出来る。


 コイツのおかげなのか、俺も隠れるのが上手くなったよなぁ。野生動物に気付かれずに近寄れるって、結構凄いよな。凄いことだよ。まぁ、それだけ、この体の身体能力が優れているってことだろう。


 狼の体から草紋の槍を引き抜く。


 倒したばかりだからか、狼の体からは新鮮な血が流れ落ちている。


 血、か……。


 喉の渇きを覚える。


 自分は吸血鬼じゃあない。だが、喉は渇いている。


 ……。


 ……。


 ……。

 ……。


 草紋の槍で貫いた場所にかぶりつき血をすする。生臭い匂い。チクチクする狼の毛が顔に当たって不快だ。


 ごくごくと飲む。飲み下す。


 ……。


 匂いだけではなく味も生臭い。正直、不味い。


 喉の渇きを癒すどころか、生臭さで吐きそうになる。


 気持ち悪い。


 駄目だ、無理だ。


 ……。


 肉はどうだ?


 肉か……。


 空腹を覚える。


 犬に似ている狼の姿。だが、お腹は空いている。


 焼けば何とかなるか?


 試してみよう。


 草を集め、火を起こす。


 ……。


 嫌な臭いがする。まだ狼を焼いていないのに、嫌な臭いが発生している。草か? 草が悪いのか? そこら辺の雑草を適当にかき集めて火を点けただけだが、有害な草が混ざっていたのか?


 ま、まぁ、それでも火には変わりない。肉を焼くことは出来るはずだ。


 火の中に狼を投げ込む。パチパチと焼ける音が響く。


 しばらく待つ。


 狼が焼ける……いや、焼けすぎた。真っ黒になっている。


 大丈夫か、これ?


 ま、まぁ、食べてみたら違うかもしれない。


 真っ黒で異臭を放っているけど、中は大丈夫かもしれない。


 囓る。


 毛のかすや焦げが口いっぱいに広がる。苦い。不味い。


 うげぇ。


 それでも我慢して飲み込み、中の肉も食べる。


 半生だ。外は焼け過ぎなくらい焼けているのに、中は温かくなっているだけの生だ。筋張っていて硬い。鋭い歯で無理矢理噛み千切り、そのゴムみたいな肉をくちゃくちゃと噛み、上手く噛みちぎれないので、仕方なくそのまま飲み込む。「


 肉の塊を噛み千切るだけでも全力だ。酷い肉だ。


 でも、食べてしまえば同じだ。活力になる。活力は魔法の源に変わる。最悪、この後、生み出した草で口直しをすれば良い。我慢して食べよう。


 もぐもぐ、もしゃもしゃ。


 ……。


 その日、俺は奇跡的にもお腹は下さなかった。


 旅を続ける。


 塔を目指し、歩く。


 草原を、雑草の生い茂った平原を、木々がまばらに広がる森を、旅を続ける。


 雨が降る。顔を天に向け、雨水を飲む。そのまま飲む。雨水がたまった水たまりから手で掬い、飲む。久しぶりの水分だ。必死に飲む。


 ……。


 だが、俺は、それが原因でお腹を壊す。余計に水分を失う。


 ……。


 それでも歩く。


 雨水を直接飲んではいけない。


 雨は駄目だ。

 雨も駄目だ。


 食料も水も――尽きる。


 残ったのは塩の塊くらいだ。


 歩く。


 道なき道を進む。歩く。


 人には出会わない。


 出会うのは……。


 草紋の槍がサベージウルフを貫く。出会うのは、このはぐれ狼くらいだ。


 草紋の槍で腹を切り裂き、魔石を取り出す。そのままその周辺の肉を切り取る。


――[サモンヴァイン]――


 草を生み出す。


――[グロウ]――


 草を成長させる。


――[ロゼット]――


 草を広げる。


 草の茎を引き抜き、広げた葉っぱ部分に、その切り取った肉をのせる。お皿というか、まな板代わりだ。切り分けた肉を草紋の槍の刃で叩く。柔らかくする。


 草紋の槍が包丁代わりだ。


――[サモンヴァイン]――

――[サモンヴァイン]――

――[サモンヴァイン]――


 サモンヴァインの魔法を繰り返し使って草を生み出す。成長はさせない。グロウの魔法を使うと疲労度が増すからだ。サモンヴァインの魔法で草を生み出すだけなら、殆ど疲れない。


 生み出した草を燃やす。自分で生み出した草なら嫌な臭いもしない。安全に燃やすことが出来る。


 先ほど引き抜いた草の茎に、柔らかくした肉を巻き付け焼く。肉が焼き上がったところで、腹をかっさばいた狼の中に雨水が入った水筒を突っ込み、改めて、その丸ごとの狼を燃やす。


 毛が燃える嫌な臭いがする。


 匂いを嗅がないように焼いた肉を食べる。塩をなめる。塩をなめながら食べれば、何とか食べられる。


 火が消えたところで狼の体から水筒を取り出す。熱い。中の雨水はぐつぐつと煮沸されているようだ。気持ちの問題かもしれないが、これで雨水も飲めるはずだ。しっかりと焼いたからか、皮の水筒の周りに狼の血は付着していない。


 鍋でもあれば、もっと楽に色々なコトが出来たのにな。食器も調理器具も、箸やスプーン、フォークなんかも必要だ。旅に必要な道具って多いよな。俺はそんなことも知らなかった。考えてもいなかった。


 日持ちする食料と水があれば大丈夫だろうと思っていた。それじゃあ駄目だったんだな。


 移動する家――家ごと移動する気持ちで道具を持ち歩かないと駄目だった。


 まだまだ現実が見えていなかった。まだ、心の何処かでゲーム感覚が残っていたのかもしれない。次の旅ではしっかりと準備をしよう。いや、旅をしていない時でも、何処でもサバイバル出来るくらいの道具は常備する方が良いだろう。


 俺は学んだ。


 魔法が使えなかったら詰んでいた。草を生み出すだけの魔法だが、それが俺の命を繋いでくれている。


 塔に辿り着けば、何とかなるはずだ。正直、頼りたくないが、魔法協会の連中や探求者たちがいるはずだ。


 意地を張るのは止めよう。


 何処か適当な町まで送って貰おう。


 俺は甘かった。


 考えが甘かった。


 旅を続ける。


 そして、もう何日が経過したのか分からなくなるほど歩き続け、塔に辿り着いた。


 そう辿り着いた。


 塔は幻ではなかった。


 何処までも遠く、その大きさを変えなかった塔が、ある時から、どんどん大きくなっていった。歩けば歩くだけ、塔が、塔の大きさが分かるようになった。


 そこからは早かった。

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