100 凡百

 燃えるように真っ赤な魔石に付着した粘液をボロボロのマントで拭い、背負い鞄に突っ込む。

 高く売れそうな――ああ、高く売れるかどうかは楽しみだ。だが、そのためには、まずこれを売れる場所まで行かないと駄目だ。


 そう、人が居る場所だ。


 はは、いつになることやら、だなぁ。


 歩く。塔を目指し、ただ歩く。


 とにかく歩く。


 塔は見えている。進むだけだ。


 もし、その途中に人里でもあれば水と食料を分けて貰おう。この魔石を売れば買えるだろう。そうだ、そうしよう。そんなことを考えながら歩く。


 歩く。

 ただ、歩く。


 魔獣と出会うことも無い。

 歩くだけだ。


 魔獣と出くわさないのは助かる。蝶の魔獣と出会ってから、殆ど出くわしていない。ここまで出くわさないということに少し違和感を覚える。だが、だからと言って自分に何かが出来るワケじゃあない。その理由も分からないしな。


 そういえば馬車の護衛をしていた時も同じような感じだったな。あの時はリンゴがおかしいって呟いて、その後、盗賊の襲撃を受けたんだったか? あー、魔人族とやらも出てきたな。ついこないだの出来事なのに、もう随分と昔のコトみたいだ。


 歩く。


 乾く。


 かなり不味い状況のような気がする。


 気、じゃないな。


 不味い――不味い状況だ。


 そして、空腹だ。


――[サモンヴァイン]――


 草を生やす。


――[グロウ]――


 草を育てる。


 囓る。食べる。


 自分で生み出した草を囓って喉の渇きを誤魔化し、飲み込んで空腹を誤魔化す。


 歩く。


――[サモンヴァイン]――

――[グロウ]――


 草を生やし、育て、囓り、飲み込み、歩く。


 不味い状況だ。


 ロールプレイングゲームで例えるなら、今は、最大HP100の状態から常にHPが減り続けているって感じか? MPを10消費してHPが10回復、MPが8回復の草を生み出して、それを囓ることで踏みとどまっている? そんな感じか?


 要は、摩耗している――どんどん削られているってコトだ。


 ゲームって何だよ。ゲームに例えるとか、かなり参っているな。


 力が尽きる……力尽きる前に状況を打破しないと……。


 タブレットを見る。


 すぐに、これだ。困ると頼ってしまいそうになる。BPはある。何故か、増えているから、BPはある。


 草魔法に振って、新しい魔法が増えないかを確認してみるか? そうだ、これは頼っているワケじゃあない。どんな魔法が増えるかを調べるだけだ。


 タブレットに指を這わす。


 草を『3』から『4』に増やす。


 ……。

 ……。


 魔法が増える。


 シードの下に魔法が表示される。


 ……何だ、これ?


 ロゼット?


 シードの下に表示されているのはロゼットという名前の魔法だ。効果が分からない。グロウやシードはなんとなく効果が分かった。だが、これは良く分からない。

 BPは後『2』余っている。


 振ってみるか。


 ロゼットにBPを『1』だけ振り分ける。


 その瞬間、脳にチクリとした痛みが走る。そして理解する。


 草?


――[サモンヴァイン]――


 草を生やす。


――[ロゼット]――


 草の根元の部分から葉が広がる。花びらが開くかのように草葉が開いていく。


 ……。


 それだけだ。


 それで終わりだ。


 何だ、このゴミ魔法は。


 ああ、少しは期待していたのに。何か今の不味い状況を打破出来る可能性が、とか、考えていたのに。そうだ、少しは――いや、かなり期待していた。


 なのに、現実はこれだ。


 草を生やすだけのサモンヴァインの魔法。

 草を成長させるだけのグロウの魔法。

 草を種に変えるだけのシードの魔法。

 草を広げるだけのロゼットの魔法。


 酷すぎる。


 魔法だ。確かに魔法だ。何も無いところから草を生み出すなんて魔法としか言えない。だけど、これは酷すぎないか?


 魔法が使えるだけでも喜ぶべきなのかもしれないけどさ、特に俺は、本来は魔法が使えない半分の子らしいしさ。でも、これは酷い。


 攻撃の花形みたいな火魔法や、今、切実に欲しい水を生み出す水魔法や、建物を作るような土魔法とかさ。あるんだろう? この世界にはそういった魔法もあるんだろう?


 なのに、これとか酷くないか?


 ……。


 いや、待てよ。


 今までの魔法は全て『1』だ。習得するために『1』しか振り分けていない。もしかして、そうなのか?


 数が増えれば凄い魔法に変わるんじゃあないか?


 ……。


 BPは後『1』残っている。


 分かっている。これは大切にするべきだ。頼るべきじゃあない。


 だが……。


 俺は誘惑に負ける。


 サモンヴァインを『2』から『3』に増やす。振るなら、増やすなら『2』になっているサモンヴァインだ。


――[サモンヴァイン]――


 早速草を生やす。


 ……。


 何も変わらない。いつもの草がポンと生える。


 それだけだ。


 ……。


 歩こう。

 塔を目指して歩こう。


 現実から目を逸らしたくなる。


 はぁ。


 数値が増えても何も変わらないとか酷すぎる。いや、わかりきっていたコトだ。頼ったって駄目だってコトだ。再確認しただけだな。


 これなら草に振り分けて、さらにどんな魔法が増えるか確認した方がまだマシだったなぁ。

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