094 準備

「それで旅用の道具はどれくらい持っているの?」

 犬頭のお姉さんの言葉を聞き、少し考え首を傾ける。何があっただろうか。背負い鞄の中には色々と入っているけど、どうやって使うのか分からないものばかりだ。


 背負い鞄をおろし、中に入っている物を犬頭のお姉さんに見せる。金属の棒、丈夫そうだが古くなっている紐、良く分からない針金。

「えーっと、これくらいです」

「うーん、年季物だね。この鞄はどうしたの?」

 もしかして盗んだとか疑われている?

「えーっと、もらい物です」

「……」

 犬頭のお姉さんが腕を組み考え込む。


「店のカウンターの前で広げるな」

 その横では猫人さんがカウンターに肘をつき、大きなため息を吐き出している。


「まぁまぁ、ここで色々買ってくれたお客さんじゃない」

 犬頭のお姉さんは笑いながらそんなことを言っていた。まぁ、でも、あまりお店の人に迷惑をかけるようなことを続けるのもなぁ。


「それで、これも、さっきの槍と同じように貰ったの?」

 犬頭のお姉さんが話を続ける。同じようにって、もしかして、がっつり奪ったと思われているのかなぁ。

「あ、えーっと、違います。はじまりの町の門番さんから譲り受けたものです」

「ほー、はー、へー、ふーん。そうなのね」

 犬頭のお姉さんが腕を組んだまま、こちらを見ている。もしかして疑われている?


「えーっと、いやいや、嘘じゃないですよ」

「うんうん、うちは信じるよ」

 本当? 何だか信じていないような雰囲気だけどなぁ。


「えーっと、それで、この道具類はどうでしょうか」

 使い道が分からなくてさ、だから、鞄の中にしまたままで放置って感じになっていたんだよなぁ。あの犬頭の門番も使い方を教えてくれたら良かったのにさ。鞄が簡単に取り外せることと中が防水仕様だってことくらいしか教えて貰ってないからなぁ。


「その棒はこうやって……っと」

 犬頭のお姉さんが小さな金属の棒を取る。そして、そのまま残像が見えるほどの勢いで振る。


 その瞬間、金属の棒が燃えた。


 へ?


 え?


 燃えた?


「店の中なんだがな」

 猫人さんがカウンターの向こうで大きなため息を吐き出していた。


「これはね、こうやって火を起こすことが出来るの」

 犬頭のお姉さんはカウンターの猫人さんを無視して話を続けていた。お、おう。って、火を起こすための棒だったのか。どういう原理なのだろうか。摩擦熱で火が点いている? いや、もっと魔法的な力なのだろうか。こんな便利な物があったのに使っていなかったなんて……。


 犬頭のお姉さんがもう一振りすると魔法のように火が消えた。おー、簡単で便利そうだ。


「これは魔力を消費しないから、お嬢ちゃんでも扱えると思うよ」

 魔力を使わない? 魔法じゃないってことか? いや、自身の魔力を使わないってだけで空気中に漂っている魔法の源に反応して火が点いているのかもしれない。魔力の流れは理解したが、そういった作用が分かるってほどじゃあないものな。


「えーっと、使い方、ありがとうございます」

「ロープも探求者ならあると便利な道具ね。狩った魔獣を縛ったり、迷宮や洞窟で穴を降りる時とか、色々使えると思う。でも、その小さな針金は良く分からないね。鍵のかかった扉や箱を開けるため? こういうのを使っているの見たことあるし……それとも歯の汚れを取るためとか、うーん、分かんない。お手上げかな」

 この犬頭のお姉さんでも分からないのか。あまり一般的なものではないのかな。はじまりの町に戻ったら門番の犬頭に聞いてみよう。


 その後、犬頭のお姉さんのおすすめで皮の水筒を三つ、大量の干し芋、干し肉、塩の塊を購入する。これだけで辺境銀貨を三十四枚も使った。使ってしまった。もうお金が殆ど残っていない。


 使い切った感じだなぁ。


「ここまでの長旅の準備をして、それでお嬢ちゃんは何処に行くつもりなの?」

 最後まで買い物に付き合ってくれた犬頭のお姉さんが聞いてくる。


 そうだよな。


 俺が行く場所。


 目指している場所。


 旅の目的地。


 そこははじまりの町じゃあない。

「えーっと、目的地は忘れられた塔です」

 そう、俺の目的地は忘れられた塔だ。あの、この世界に来てからずーっと見えていた――何処からでも見ることが出来る塔だ。


「何でまた……って、そうかい。お嬢ちゃんもあの仕事のことを聞いたのか」

 あの仕事?


 って、ああ。もしかして、アレか。


「えーっと、魔法協会の……ですか?」

「やはり、そうだったの。でもね、あの仕事は銅のお嬢ちゃんが受けられるような仕事じゃないよ」

 犬頭のお姉さんがこちらを諭すような口調でそんなことを言っていた。うーん、銅のギルド証だと、どうしても扱いが悪い――低く見られるなぁ。一番の下っ端で新入りの証なんだから当然と言えば当然なんだけどさ。でも、ギルドのランクを上げる前に、護衛の仕事で、この王都まで連れてこられた感じだから、ランクが低いのは仕方ないよな。


「えーっと、仕事ではないです。その仕事はお断りです。個人的に行ってみたいから行くんです」

「お断りって、お嬢ちゃん、そもそも受けるのがね……って、言っても仕方ないか。でも、それなら、うちがこっそり魔法協会が用意する予定の高速馬車に乗せてあげようかな、どう?」

 高速馬車か。


 早いんだろうなぁ。


 便利なんだろうなぁ。


 でも、だ。


 それは受けることが出来ない。


 これは俺の小さな、忘れてしまえば良いようなこだわりなのかもしれない。ちっぽけな意地だ。吹けば飛ぶような誇りだ。でも、大事なことだ。俺が俺であることの誇りを忘れてはいけない。


 これを無視したら俺は俺でなくなってしまう。


 こんな体になっても――この体になっても俺は俺であるための誇りだ。


 だから、俺は自分の意志で忘れられた塔へ向かう。あの胸くそ悪い魔法協会の力を借りない。自分の力だけで、あいつらがやろうとしていることを終わらせる。


「えーっと、お気持ちだけ貰っておきます。買い物とか説明とか色々とありがとうございました」

 小さく頭を下げる。

「ええ。お嬢ちゃんも頑張ってね」


 犬頭のお姉さんは笑顔で手を振って去って行った。


 本当に助かったよ。


 さあ、旅に出よう。

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