093 旅の

「あー、えーっと、この革鎧は悪くないですね」

「でしょ」

 犬頭のお姉さんは腕を組み何処か得意気だ。かなりおすすめの一品なのだろう。マントの方の鑑定結果はまだかなぁ。


「でさ、お嬢ちゃんは何のために旅の道具を揃えているの? 故郷に帰るとかなのかな?」

 故郷?


 故郷って言うと俺がこの体で目覚めた場所かなぁ。でも、そこ、滅んでいたよな。うん、滅んでいた。もう一つの、というか、本当の故郷は――帰れるのだろうか。良く分からないまま、この世界に来て……はぁ、難しいかなぁ。


「あー、えーっと、故郷は滅んでいます」

「え? あ、ああ」

 犬頭のお姉さんはちょっと困ったような顔をしている。気まずいことを聞いてしまったと考えたのだろうか。

「あ、えーっと、特に思い入れのない場所なので大丈夫です」

「無理しなくても良いんだよ」

 いや、まぁ、本当に気にしていないんだけどさ。今の俺の、この体の持ち主が住んでいた場所だ。そりゃあ、思うところもあるさ。酷い有様だったと思うし、嫌な気分にもなる。でも、それだけだ。俺は当事者じゃあないんだからな。でもさ、それを言っても信じて貰えそうにないよな。


「あ、えーっと、いや、本当に……」

 と、そこで何か鐘を叩くような音が聞こえた。


「ん? えーっと……」

「査定が終わったようだね」

 あー、なるほど。


 査定が終わったことを鐘で知らせてくれているのか。そういえば鉄の槍の査定を頼んでいたんだった。うっかり忘れそうになっていたよ。


「お嬢ちゃん、ほら、こっちだよ」

「あ、えーっと、はい」

 分かってる。分かってるんだ。だが、まだマントの鑑定の途中なんだ。今、離れてしまうと、また一から鑑定のやり直しになってしまうから、もうすぐ、もうすぐ終わるから。


「お嬢ちゃん、どうしたの?」

「あ、えーっと、ちょっと待ってくださいね。もう少し、もう少しなので」


 ……。


 しばらく待ち、鑑定が終わる。



 名前:旅のマント

 品質:中品位

 水を弾く特殊処理が施された旅用のマント。


 旅のマントって、そのままな名前だ。いやまぁ、旅用のマントって言ってたものな。でも、そのままとか……。

 水を弾く特殊処理をしているから高いのだろうか。ちょっと高すぎる気がするなぁ。でも、まぁ、マントは必要か。


「おーい、お嬢ちゃん、まだ見てるのかい。商品は逃げないからこっちだよ」

「あ、はい。今、行きます」

 もう鑑定は終わったからな。


 そして、そのカウンターでは、ちょっとむっとしたような顔の猫人が待っていた。あー、ちょっと待たせすぎたか。


「えーっと、すいません。お待たせしました」

 カウンターの猫人が無言で手を出す。肉球が見える手のひらだ。何だろう。


「お嬢ちゃん、プレートだよ」

 あ、ああ。そういえば鉄のプレートを受け取っていた。これを渡すことで査定終わりか。


 カウンターの猫人の手のひらの上に鉄のプレートをのせる。

「えーっと、それでいくらぐらい何でしょうか」

 カウンターの猫人が頷く。

「全部で辺境銀貨で十二枚、大陸銀貨なら四枚だ」


 ……。


 うーん、微妙だ。思っていたよりもかなり安い。これだと魔獣を狩って魔石とかを売った方が儲かる気がする。


 いや、それも当然なのか。


 よく考えれば中古の装備品だもんな。もっと買い叩かれてもおかしくない。そう考えればまだマシ、か。にしても、辺境貨と大陸貨の差が酷いな。三分の一かよ。それだけ、この王都では大陸貨の方が必要とされている――需要が高いってことか。


「それでお願いします。えーっと、辺境銀貨です」

 猫人がカウンターの下から十二枚の銀貨を取り出し、そのままカウンターの上に広げる。そんな場所から取り出して……強盗が出たら簡単に盗まれるんじゃあないか。それとも、すぐにお金が出せるよう用意してくれていたのだろうか。


 俺は辺境銀貨を受け取り、お金が詰まってパンパンになっている皮袋に詰め込む。


「えーっと、それで、あの革鎧とマントを買います」

 カウンターの猫人が目を大きく見開き、少しだけ驚いたような顔になる。

「合わせて辺境金貨二枚だぞ? 数は数えられるのか?」

 おっと、お金を持っていないと思われているのか。それとも数が数えられない子どもが売ったお金で買おうとしている、みたいな感じに思われているのか。さすがに、そんな馬鹿じゃあないぜ。


 辺境金貨二枚、つまり辺境銀貨二百枚だろう?


 俺はカウンターの上にパンパンになっている皮袋を乗せる。


 そこから銀貨を取り出し、十枚を一束として数えていく。

「日が暮れる」

 カウンターの猫人が大きなため息を吐き出す。む、二百枚くらいすぐに数え終わるぞ。


 カウンターの猫人が、そのカウンターの下から大きな秤を取り出す。そして、そこに銀貨を乗せていく。それこそ日が暮れるんじゃあないか?


「辺境貨は重さで価値を決める。待ってろ」

 ん? そうなのか?


 俺は犬頭のお姉さんの方を見る。すると肩を竦めていた。この反応は――分かんないなぁ。あってるのか、間違っているのか。俺が半分の子だから適当にあしらわれているって可能性もありそうだけど、うーん。


「これだけだ」

 手元に五十枚ほどの銀貨が残った。あれ? 計算があってないような……。


 重さで計算したからなのか? それともオマケしてくれたのだろうか。


「あ、はい。ありがとうございます」


 これで鎧とマントが手に入った。後は食料と雑貨。それに飲み水か。色々と買う必要があるなぁ。


 飲み水は魔石で代用するのも有りか? 魔石なら荷物にならないもんな。でも、半分の子の俺が魔石を買うのは怪しまれるだろうか。


 うーむ。

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