095 ぼう

 王都の外周街から外に出る。


 大きな壁を出ると、そこには来た時と同じような行列が待っていた。来た時と変わらず、入る方は大変そうだ。王都の外周街から出るのは自由だ。俺は行列の横を抜けていく。これだけの人々が毎日のように王都入りするのだから、王都の活気は本物なのだろう。と言っても活気があるのは外周街で王都自体はろくな場所じゃあなかったけどさ。


 見えている塔を目指し歩く。道なき道を、塔を目指し、一直線になるよう――最短距離になるように歩く。


 ……。


 畑か。

 外周街を出てすぐは畑になっている。


 ちょうど実りの時期だ。畑を踏み潰すワケにはいかない。俺は畑を避けて歩く。少し遠回りになるがこれは仕方ない。


 その途中で背負い鞄から金属の棒を取り出す。


 あの犬頭のお姉さんは、これを振って発火させていた。だが、リンゴは違う使い方をしていた。金属の棒を削って、何かをやって火を起こしていた。


 どちらが正しい使い方なのだろうか。


 どちらにしても火を起こすことに違いはない。便利な道具だ。


 でもなぁ。


 とりあえず振ってみる。だが、火は起きない。


 やっぱり火は起きないじゃあないか。


 使い方が間違っているんじゃあないだろうか。でも、犬頭のお姉さんの時は火が点いた。それはどうしてだ?


 次はリンゴがやったように削って使ってみよう。でもまぁ、それは野宿する時だ。


 塔を目指し歩く。直進ではなく、畑を避けて歩いているからか、自分がどちらの方向を向いて歩いているのか分からなくなる。方位磁石なんていう便利な物もない。だが、塔が見えている。見えている塔を目指せば良い。


 目的地が分かり易くて良かったよ。


 塔を目指して道なき道を歩く。王都に近いからか魔獣の姿は見えない。それは良いが、道なき道を歩いているからか人の姿も見えない。この世界に自分しか存在してない気分になってくる。


 独り言を呟きそうになるのを耐えて歩く。

 叫びたくなるのを我慢して歩く。


 黙々と歩く。


 日が暮れ始めたところで野営の準備を始める。塔までの距離が縮まったようには見えない。王都を旅立った時と同じ大きさ、同じ見え方でそこにある。まぁ、まだ初日だ。馬車で行ける距離なのだから、何ヶ月もかかるということは無いだろう。地道に進むだけだ。


 ……。


 と、そこで気付く。


 野営の準備?


 野営?


 テントを買っていない。寝袋も買っていない。


 いやいやいや。


 どうするんだよ、これ。


 何が野営だ。


 食料を買っている場合ではなかったんじゃあないか。


 うっかりというか、すっかり忘れていた。


 とりあえず、火を起こそう。何か燃料になりそうな木を削って……っと、そこで改めて気付く。


 削るためのナイフがない。


 買い忘れている。


 そうだよ。


 魔獣から魔石を取り出すためにも捌くためのナイフが必要だなって思っていたのにさ、それも買い忘れているじゃあないか。


 買い忘ればかりだ。王都まで戻るか? いや、一日歩いた後だ、戻るだけでも大変だぞ。しかも塔のように目印があるわけじゃない。まっすぐ戻れる気がしない。しかも、戻ったとしても、行列に並ばないと王都の外周街には入れない。


 それに、お金が殆ど残っていない。


 はぁ。


 大きなため息が出る。


 金属の棒を振ってみる。何度振り回しても、どれだけ強く、どれだけ早く振り回しても火は点かない。あの犬頭のお姉さんがやっていたようにはならない。


 買うべき物を買わず、不要とは言わないが削るべき物をたくさん買いすぎた。完全な失敗だ。


 人のせいにしたくはないが、あの犬頭のお姉さんを信じて言われるがままに買ったのが間違いだった。銀のギルド証を持っていると言うことで無条件に信じてしまった。

「はぁ」

 俺は火を起こすための金属の棒を見る。この金属の棒のこともある、悪意があったとは思わないが、もしかすると、あまり旅に詳しくなかったのかもしれない。話を聞いた時に、アレ? って思うべきだったんだよ、俺は。リンゴが言っていたことと違っていたんだからさ。

 何だろうな。まるで、そのことがなかったかのように、信じ込まされたというか、すっかり忘れていた。


 王都を出てから思い出すというか、そうだったと気付くとか、俺は馬鹿か。


 はぁ。


 銀だから旅に慣れているとは限らない。逆に王都内だけで活躍している人の可能性だってある。銀で偉いから、旅準備は他の人に任せているって可能性だって考えられる。


 失敗したなぁ。


 まぁ、でも食べ物はあるんだ。それに最初の時は裸同然で野宿だったじゃあないか。それに比べればマシだ。


 草紋の槍で木を削り、木屑を作る。乾いた木じゃないと火は点きにくいと聞いた覚えはあるが、まぁ、何とかなるだろう。


 そのまま草紋の槍で金属の棒を削る。せっかく直した魔法の武器の、最初の使い道がこれって、何だかなぁ。草紋の槍以外の槍を全て売り払わずに、一本は残しておけば良かったよ。そうだよ。それも、だ。何で俺は売り払ったんだ?


 あの場の空気に飲まれたのか?


 何というか失敗ばかりだ。


 金属の棒を、その粉とともに木屑の山の中に突っ込み、草紋の槍で叩く。多分、火花を起こして火を点けるんだよな?


 何度も繰り替えす。


 すると火が起きた。


 木屑が燃える。


 リンゴのやり方で正解だったわけだ。リンゴはそこまで旅慣れているって感じではなかったけどさ、旅の経験はあるって感じだったものなぁ。実際に旅をしてきた人の方が正しいよな。


 木の枝を折って、火の中に突っ込む。火は弱いが、そのうち強くなっていくだろう。


 水筒の水を飲み、火で炙った干し芋と干し肉を囓る。塩の塊をなめて水を飲む。


 マントに包まり眠る。


 はぁ、酷いはじまりだ。

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