092 革鎧

「はいはい、それでお嬢ちゃんの希望は?」

 希望、か。

「えーっと、最初に言ったとおり旅用の服装や道具が欲しいです」

 犬頭のお姉さんが微笑み、手を横に振る。

「違う、違う。分からないかな? ガチガチに硬いのが良いとか音を立てないのが良いとか、あー、でも、お嬢ちゃんの体だとあまり重いのは無理なのかな」

 む。俺を見かけで判断したな。力なら負けないぞ。この体になってから力が有り余っているからな。


 ……。


 まぁ、意地を張って良くないものを買っても仕方ない。


「えーっと、旅の、旅がしやすいものが良いです。今までずっとボロ布程度で頑張っていたので硬さとか防ぐとか、その辺はあまり必要無いと思います」

「お嬢ちゃん、苦労したんだね」

 犬頭のお姉さんが悲しそうな顔をしている。お尻にくっついたふかふかな尻尾もしゅんと垂れ下がっていた。同情してくれているようだ。


 あ、えーっと、苦労したか? 苦労しただろうか。


 ……。


 したなぁ。死ぬほどの苦労をした、うん。苦労してた。

「あ、えーっと、それで予算なんですが……」

「うんうん」

「銀貨で、あ、えーっと、辺境銀貨で二百枚ほどでお願いします」

「はぁ?」

 犬頭のお姉さんの表情が変わる。


「うちが聞き間違えたのかな」

「あ、えーっと、辺境銀貨二百枚が予算です」

「はぁ?」

 犬頭のお姉さんが大きく口を開け、顔を歪める。


「あの、えーっと……」

「何で、こんな子どもがそんなにお金持ってるの! いや、うちでも、それくらいは簡単に稼げるから、稼げるけどさ、うん、そうそう、そうだから!」

 驚きの表情から何処か自慢気な顔に変わる。これくらいは楽勝で稼げるのか。まぁ、銀の探求者だもんな。それくらい稼げるようになってないと上に登り詰めようって気にはならないよなぁ。

「あ、えーっと、はい。さすがに銀の探求者は凄いですね」

「当然だから! でも、旅用に辺境銀貨二百枚って何処まで遠くへ行くつもりなの? 随分とお金に余裕があるのね」

「あ、えーっと、それがほぼ全財産です」

「はぁ?」

 犬頭のお姉さんが呆れた顔に変わる。コロコロと表情の変わる人だ。大げさなリアクションだからか、種族の違いからそこまで表情が分からないはずなのに、それが良く分かるんだものなぁ。この犬頭のお姉さんはあまり裏表のない人なのかもしれない。


「あのね、全財産って、それを使い切ってどうするつもりなの! お嬢ちゃんも探求者なんだよね。探求者や狩人なんて不安定な仕事しかないんだから、ちゃんとお金を貯めてないと後で困るからね!」

「あ、えーっと、はい」

「今はギルドでお金が預けられるようになってるから。預けたところでしか返して貰えないけどさ、でも、そこを拠点にすれば良い話だしね」

 ん?


 お金を預かってくれるのか。


「えーっと、そうなんですね。そんな仕組みがあったなんて知らなかったです」

「そうなの。大陸のやり方を真似したらしいけどね。お金が貯まってくると持ち運ぶのも大変だからね。とても便利なの」

 なるほど。


 確かに重たい硬貨を持って歩き回らなくて良いってのは便利かもしれない。この世界って紙幣がなくて硬貨だけだもんな。お金を持てば持つだけかさばって重くなるもんなぁ。でも、旅先で返して貰えないのは微妙か。


 って、俺、銅のランクだから、この王都のギルドに入れないんだよな?


 ……意味ないじゃん。預けろって預けることが出来ないじゃん。


 いや、まぁ、それは良いか。


「えーっと、良いものが欲しいので、それでも辺境銀貨二百枚予算で……何か良いものがありますか?」

「ふーん。まぁ、良いものを選ぶのは自分の命を守ることになるからね。それも悪くないか。分かったよ」

 犬頭のお姉さんが装備品を見繕ってくれる。


「おすすめはこれね!」

 犬頭のお姉さんが選んでくれたのは黒い篭手付きの革鎧と灰色のマントだった。


「えーっと、これは?」

 とりあえず犬頭のお姉さんに話しかけながら、同時にタブレットで鑑定を行う。


「革鎧とマント。旅をするならマントは必須。雨や風から身を守れるし、包まれば防寒になるからね」

「えーっと、はい。なるほどです」

「次は革鎧」

「えーっと、革鎧ですか」

「そう、革鎧! 鎧って言うと金属の方が上みたいに思っている探求者も多いけどさ、うちは革鎧が最高だと思うの。その理由はね、まず耳障りな音がしない」

 音?


「えーっと、音ですか」

「そう。音がしないってことは魔獣に気付かれにくいってこと。それにね、革は刃物を滑らして逸らすことも出来るから、『受ける』じゃなくて『躱す』お嬢ちゃんには向いていると思う。軽くて動きを阻害しないのも良い点ね」

 なるほど。それは考えてなかった。攻撃を受け止めるワケじゃないからな。確かに革鎧の方が優れている気がする。


「えーっと、確かにとても良いもののような気がしてきました」

「でしょ? でも悪い点もあるからね」

 あー、悪い点もあるのか。っと、鑑定が終わったな。



 名前:黒獣の革鎧

 品質:中品位

 ブラックタイガーの革を使って作られた革鎧。


 おー、これブーツと同じだ。お揃いになるな。でも、別に何か特殊効果がある訳でもないのか。


「悪い点、それは……匂い! 革鎧は匂いがするのがね。雨の日なんて凄い匂いになるよ。うちはその匂いが好きなんだけどさ」

 あー、そうなのか。


 って、あれ?


 音がしなくても匂いが酷かったら意味がないんじゃあないか? 匂いで魔獣に気付かれるよな?


「特に感覚が鋭いって言われる半分の子だと革鎧の匂いはキツいだろうね」

 そうなのか。


 って、あれ?


 でも、あまり匂いを感じないぞ。


「えーっと、でも臭くないです」

「そりゃあね。分かってて、それを勧めたら、うちが嫌な人みたいじゃない。だから、この革鎧なの。匂いのない黒獣を使ってる革鎧だから。だから、高いの、高いの!」

 あー、値段の理由ってそこなのか。


 まぁ、でも、これは俺に向いている革鎧かもしれない。


 ブーツとお揃いになるってのも悪くないよな。

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