079 王都
次の壁までは、かなりの距離がある。壁の大きさに距離感が狂いそうだが、その次の壁までは、まだかなりの距離がありそうだ。
王都は王の都というだけあってかなり広いようだ。ここまで来て、まだ王都に入ってないんだもんなぁ。ここは外周都市とでもいうべき場所なのだろうか。
この外周都市のメインストリートであろう、壁の穴から続く幅の広い石畳の道を馬車で走っていく。この石畳の上を走っているのは馬車だけのようだ。人々は石畳を避け、道の端の方を歩いている。
そして、その道の端には、この外周都市にやって来た人向けなのか露店などの姿が見えた。美味しそうなタレのかかった串焼きやパイナップルのような果物など色々な食べ物が売られている。
日が落ち、もう夜だというのに、この大通りの周辺は非常に活気がある。篝火も置かれ夜なのに随分と明るい。これが王都の賑わいというものなのだろうか。
馬車はまっすぐ王都を――次の壁を目指し進んでいる。
「あ、えーっと、食べ物……」
もう夜だぜ。ここで少し休憩しても良いんじゃあなかろうか。正直、かなり空腹だ。
「駄目。まずは王都」
御者台の狼少女は馬車を止めるつもりはないようだ。
「ええ。まずは王都の魔法協会に向かって貰います。私はそこまでですよ。もう目の前でしょう? 休む必要はありません」
おっさんも休憩には反対のようだ。俺はリンゴの方を見る。ズタ袋をかぶったリンゴは静かに首を横に振っていた。
う、うむ。えーっと、これだと俺がワガママを言っているだけみたいじゃあないか。仕方ない。我慢するか。魔法協会に辿り着いたらたんまりとお金が貰えるんだ。それから色々と楽しもう。
ま、まぁ、王都の目の前で変なものを食べてお腹を壊しても洒落にならないしな。
って、ん?
お腹を壊す?
と、そこで気付く。思い出す。
俺、トイレに行ったか?
この一週間、トイレに行っていない。一日くらいなら緊張で忘れていたのかな、と思うかもしれない。だが、一週間だぞ。なんで、そんなことを忘れていたんだ。
この体になってから、か?
まさか、この体はトイレに行かなくて良い体なのか? いや、そんなワケがない。ちゃんと用を足したことが……ある。
トイレに行かなくなったのは、この旅が始まるくらいからだ。
むむむ?
リンゴ、狼少女、おっさんはどうだ? トイレ――というか用を足しに、だな。今まで行った様子は無い。もしかすると俺が寝てから行っているのかもしれないが、その可能性は低そうだ。
種族的にトイレに行く必要が無い? それならギルドにトイレがあったことの説明が出来ない。
じゃあ、何でだ?
いや、とにかくトイレだ。緊急事態だ。馬車の揺れが……キツい。これは不味い。
この馬車の中で、皆がいる中で……大惨事になってしまう。
俺はリンゴの方を見る。
「えーっと、すいません。ちょっとトイレに……」
「む、タマちゃん。もう少しで王都なのだ。ホッとした気持ちは分かるのだがな。消化して欲しいのだ」
リンゴが小さな子どもをあやすかのような声でそんなことを言っている。
「これだから、半分の子は。トイレが近くて困りますね」
おっさんが大きなため息を吐き出している。ちょっとトイレに行きたいって言っただけなのに酷いなぁ。
って、ん?
ん?
んんん?
消化? 今、リンゴは消化って言ったよな。
消化ってなんだ?
「えーっと、消化ってなんでしょう?」
おっさんや狼少女に聞こえないよう小さな声でリンゴに聞いてみる。そのリンゴの反応は鈍い。良く分からないという感じで首を傾げている。
もしかして、一般常識なのか。良く分からないぞ。
「えーっと、リンゴ、記憶が無いので分からないんです」
ここは便利な記憶喪失設定だ。
「あ、うむ。そうなのだな。なるほどなのだな。体が憶えていて無意識のうちに行っていたのだな」
リンゴが勝手に勘違いし納得してくれる。
よし、これで大丈夫だ。
それで、消化とはなんでしょうか?
「体内のゴミを魔素に分解することなのだ」
それが消化?
ゴミって、まぁ、言葉を濁しているけどさ、ご飯を食べた後のアレ、だよな。魔素に分解? 魔素って魔法の素みたいなものだよな。
「体に負担がかかるので、戦闘時や長旅くらいでしか行わないものなのだがな。そして、なのだがな、半分の子は普通の人よりも消化を行う負担が大きいのだ。だから、トイレが近いと言われているのだ」
混血は魔法が扱えないから、消化が苦手、と。
なんとなく消化は分かった。俺が最近トイレに行っていなかった理由も無意識のうちに、その消化とやらを行っていたからなのだろう。リンゴや狼少女、あー、おっさんは微妙かもしれないが、皆がトイレに行っていなかった理由もそれか。
魔素分解、魔素分解。
消化。
イメージする。
分解、消化。
むむむ。
駄目だ。意識すればするほど分からなくなってくる。出来ない。逆に意識したことで余計トイレに行きたくなってきた。
「身分証をお願いします」
ん?
そんなことを考えているうちに壁へ辿り着いたようだ。壁の前に立っている兵士の一人が身分証を求めていた。
んー、結構な距離があったな。十五……いや、二十キロくらいは離れているんじゃあないだろうか。隣町に行くくらいの感覚だよな。外側だけでも随分と広い。
まぁ、とにかく壁だ。辿り着いた。
この中の方の壁には行列が出来ていない。馬車や旅人の姿が無い。俺たちしか見えない。王都に入る人たちは少ないのだろうか? それとも今の時間だからか?
と、身分証か。
最初の壁の時と同じように銅のプレートを取り出し、兵士に見せる。リンゴやおっさんも同じだ。
「王都へはどういったご用件でしょうか?」
少し兵士の態度が硬くなった気がする。何でだろう?
「魔法協会に」
狼少女の言葉に兵士の態度はさらに硬くなる。こちらを警戒しているかのようだ。
「魔法協会ならそちら側にもありますよ」
「違う。中の方に。これ」
狼少女が壁の外でも見せていた手紙を取り出す。
それを見た兵士がほっとしたように息を吐き出す。
「そういうことですか。どうぞ」
兵士の態度が柔らかくなっている。
「何があったの? 警戒厳重」
狼少女の言葉を聞いた兵士が肩を竦める。
「賊ですよ。王宮に入り込んだ馬鹿がいるようでしてね。多くの兵士や騎士が駆り出されて、大騒ぎですよ」
極秘情報ぽいことを簡単に教えてくれる。そんなにペラペラ喋って兵士が務まるのだろうか。
いや、違うのか。もしかして、これも、あの手紙を見せた効果なのか。
うーむ。草紋の槍を直してくれるという言葉につられてホイホイと王都までやって来たけどさ。何だか、色々と複雑そうな事情がありそうだなぁ。
まぁ、俺はお金を貰って草紋の槍を修理したらすたこらさっさだぜ。
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