080 学院

 壁を抜けた先は――外と変わらない街並みだった。いや、個々の建物はとても大きく、外にはない二階建てになっている建物も見える。だが、それだけだ。


 外と同じような煉瓦造りの建物だ。


 外より少し綺麗で、少し整っていて、ちょっと……いや、かなりか――大きい建物が並んでいるくらいだ。同じ……だよな?


 王都を馬車で走る。御者台の狼少女は道を知っているのか迷いなくすいすいと馬車を走らせていく。


 ……。


 う、うーん。


 しかし、静かだ。


 夜だから静かなのは当然と言えば当然なのかもしれない。だが、それでもこの王都の外は賑やかだった。眠らない町って感じだったよなぁ。


 雰囲気が全然違う。建物がまとっている雰囲気――様式は同じなのに、全く違う。


 幌馬車から顔を覗かせ、外を眺める。眺め続ける。人が歩いていない。人の姿を見かけない。


 真っ暗で、とても静かだ。夜目が利く今の自分でなければ、歩くのも大変だったろう。


 そうか、ここには篝火がないのか。


 夜の町を、暗闇を幌馬車が走る。


 そして一際大きな建物に辿り着く。でかい。


 うーん、これに似たような建物を何処かで見たことがあるような……。


 ここじゃない、何処かで……。


 俺は手をポンと叩く。思い出した。


 あー、そうだよ。学校だ。学校に似ている。


 学校で言うところの校門らしきところに馬車が止まる。すぐに守衛所らしきところから作業着姿の猫人が現れる。作業着だ。どうみても作業着だ。兵士には見えない。


「ちょっと、ちょっと、ここは王立魔法学院ですよ」

 作業着の猫人がそんなことを言っている。


 ん?


 魔法学院?


 えーっと、魔法協会に向かっていたんじゃあないのか? どういうことだ?


「知ってる」

 御者台の狼少女は、それで分かると言わんばかりの表情だ。


 作業着の猫人は困ったような様子でじっと狼少女を見ている。


 じー。

 じー。


 見つめ合っているような感じだ。


「あのー、ここは王立魔法学院です……」

「知ってる」


 ……。


 じー。

 じー。


 埒が明かない。


「こんな時間で済まないが、ローレライを呼んで欲しいのですよ」

 おっさんが狼少女と作業着の猫人の見つめ合いに割り込む。

「ああ。はい、分かりました」

 ホッとしたような様子の猫人はおっさんの言葉に頷き、すぐに建物の方へと歩いて行く。おっさんの言葉を疑いもしない。

 知り合いだったのだろうか? それとも何かそういう分かる人にだけ分かる暗号だったのか? いや、でも人を呼びに行ったんだよな? うーん。分からない。


 にしても、ローレライか。その名前の由来らしく歌声を使う女性の魔法使いなのだろうか。


 しばらく待ち、作業着の猫人が帰ってきた。その作業着の猫人が連れてきたのはローブを着た若い男だった。


 男?


「来たか」

 おっさんが幌馬車を降りる。


 男?


「来た」

 ローブの若い男がおっさんの方へ。


 男?


 おっさんと若い男が近寄っていく。


 男?


 ローレライなのに男?


 おっさんと若い男が額をくっつける。


 男、だと?


 次の瞬間には異様なことが起こっていた。


 おっさんの体がビクンと跳ね、そして、その体から煙が吹き出す。おっさんの体にもやがかかったかと思った次の瞬間には、その姿が小さな木彫りの人形に変わっていた。


 胸元に小さなヒビが入った木彫りの人形が、コロンと転がる。


「大体、理解した」

 ローブの若い男が転がった木彫りの人形を拾い、何か頷いている。


 おっさんが消えた? 木彫りの人形? どういうことだ、これは? これも魔法?


「これ」

 御者台から降りた狼少女がローブの若い男に手紙を渡す。

「これがそうですか。後は……」

 若いローブの男が俺やリンゴの方を見る。


「護衛はここで終わりです。報酬を渡します」

 へ?


 あ?


 終わったのか。


 これで終わり?


 あっさり終わってしまった。


 何だか、あっさり終わりすぎて終わったという感慨が湧かないというか、なんというか、いや、本当に終わりなのか?


 後は報酬のお金を貰って、草紋の槍を直して貰って……それだけか?


 何だか良く分からないうちに終わってしまった。


「今日はもう夜も遅いです。報酬のお渡しは明日行います。今日は学院に泊まると良いでしょう。こちらへ」

 ローブの若い男が背を向け建物の方へと歩いて行く。こちらの返事も聞かずに……うーん、なんというか、せっかちなのだろうか。


「タマちゃん、言葉に甘えようなのだ」

「えーっと、そうですね」

 まぁ、タダで泊まれるなら――うん。良い方に考えよう。それに報酬は明日だ。明日まで待つ必要があるもんな。


「馬車は自分が動かしときますよ」

 作業着の猫人が御者台に乗ろうとする。だが、それを狼少女が止める。

「いい。私がやる」

 うーん。まぁ、こっちは任せとけば大丈夫か。


 俺はローブの若い男の後を追おう。こちらを待とうともせずにどんどん歩いているもんな。見失ったら大変だ。


 校門を抜ける。


 ローブの若い男の後を追う。


 追う? 追おうとした時だった。


「ちょっと、ちょっと」

 作業着の猫人に声をかけられる。


 俺は作業着の猫人の方へ振り返る。なんだろう?


「ちょっと、待ってください。下働きの人はこっちですよ」

 ん?


 下働きの人って俺のことか?


「あー、もう。言葉が分からなかったか」

 作業着の猫人が俺の分からない言葉で話しかけてくる。


 ん?


 んんー?


 どういうことだ?


「彼女は良いのです」

 そう、ローブの若い男が作業着の猫人に説明する。

「そうなんですか?」

 作業着の猫人が首を傾げている。


 って、ん?


 ……説明している?


 へ?


 あれ?


 ローブの若い男は建物の方へ歩いていたよな?


 置いてかれそうな距離があったはずだ。俺たちの前を歩いていたはずだ。


 何が起きた?


 前を歩いていたはずなのに、後ろの、校門の側の作業着の猫人と会話している。


 なんだ、これ?

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